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父方の祖父の田舎には「あとずさり」という妖怪の言い伝えがある。
深夜、道を歩いていると後ろから誰かの足音が聞こえてくる。
自分よりも早足のようで、足音は段々と近くなってくる。
やがて自分の真後ろで足音が聞こえてくるようになる。しかし、背後に人の気配は感じられない。足音だけが真後ろから聞こえてくる。
そこで振り向くと、そこにはあとずさりという妖怪がいるらしい。いるらしいというのは、そこで振り向くとそのとたんに、あとずさりは後ろに下がっていくのだ。
それだけならば別に問題はないのだが、あとずさりが後ろに下がってしまうと、振り向いた人間はあとずさりに魅了され、後を追いかけてしまう。追いかけると、あとずさりはまた後ろに下がる。
後ろに下がって、追いかけて、後ろに下がる。延々とそれを繰り返して、黄泉の国へと向かっていく。
あとずさりによって死者の国へと連れ去られてしまうらしいのだ。
そういう言い伝えがあり、小さい頃に祖父によく聞かされた。
あとずさりを見た人間は死んでしまうのだから、あとずさりという妖怪の正体を知った人間などいるわけもなく、じゃあ誰がこんな言い伝えを残すことができたのだと突っ込みを入れたいところだが、ようするに夜遅く何処かへ行くときには寄り道などせずにまっすぐ行きなさいという教訓のための話なのだろう。街灯などなかった時代、夜道は危険だったのだ。
しかし、そう考えることができたのは大人になってからのことだ。
祖父はおしゃべりで、遊びに行くたびに面白い話をしてくれた。で、こちらが祖父の面白い話を笑いながら聞いていると、祖父はさりげなく怖い話を刷り込ませてくるのだ。僕は小さい頃から怖がりで怖い話は大嫌いだった。
しまった、怖い話だ。と思ったときにはもう遅く、気がつくとわんわんと泣いていて、泣き声に駆けつけた祖母にあやされ、そして祖父は祖母に怒られていた。
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