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「意味はまだ調べてないのか?」
「実はさ、辞典を後輩にあげちゃったんだ。卒業祝いに先生が使ってる古語辞典、貰ってもいいよね」
「……あぁ、通りで見覚えのある辞典だと思った」
高遠は膝に置いていた辞典を机の上に置き換えると、使い古されたそれをぱらぱらと捲っていく。沢山のページに残る、授業のために引いた斜線や鉛筆の跡が目に付いた。
それを懐かしむように見つめていると、高遠がぽつりと呟いた。
「まだ、意味は調べてないんだ……。先生から渡されたこのメモに全部の答えがあるんだ、って思うと怖かった」
「そっか、案外繊細なんだな。お前は」
少しからかうような口調で話をすると、高遠はメモを見て微かに笑んだ。
「なんてな、本当は知ってたよ。お前のそういう繊細で臆病な部分。何度も告白してくれても、俺から答えを聞く度に震えてた事も知ってた」
最初に告白されたのは、高遠が高校一年のバレンタインだった。それから俺が断り続けても、高遠は何度も好きだと、口にした。いつも真剣に、真っ直ぐ俺を見つめてきた。
「けど、俺はお前に何度も残酷なことを言った。お前になんか興味ないとか年の差がありすぎる、とかな。それでも、お前は絶対諦めなかった。傷付いてるはずなのに、真っ直ぐ俺に向かってきてくれた」
高遠は溜息混じりに、辞典を閉じた。その表面を指先で弄ったりするだけで、再び開こうとはしない。俺はそんな仕草を見つめながら、尚も続けた。
「だからいつの間にか、お前ばっかり見るようになって――」
「先生に、いい加減にしてくれって、言われたこともあったよね?」
懐かしげに語る俺の言葉は彼女によって遮られた。
声を落とし表情を翳らせた高遠は俯いてしまう。
「ああ、そうだった。ごめんな、高遠」
続いていた告白が突然なくなったのは、半年前だ。原因は恐らく俺が言った一言だろう。
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