卒業式

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 高遠はじっと辞典を凝視したまま、俯いていた。しかし、暫くして形の綺麗な唇が弧を描くのを見た。  辞典に載っていた和歌の意味を知ってる俺はそれを復唱する。 「君が僕の事を想ってくれるなら、この命だって惜しくないと思っていました。でも、いざ君が想ってくれると、少しでも永く、この幸せの中で生きたいと想うようになったのです」 「ほんっと、恥ずかしいね、先生」 「はっきり言わないでくれよ。メモを渡した後で少し後悔した。……けど、今はそれで正解だったと思ってる」 「本当、今更だよね?それなら、なんでもっと早く――っ」 ぽた、と透明の雫がページに滴り、円状の染みを作る。  俺は居た堪れなくなり、彼女から視線を逸らした。 「ごめん、高遠」 「もっと早く言ってくれなかったの! 私はまだ何も……先生の口から何も聞いてないんだよ?」 今まで必死に塞き止めていた何かが溢れ出したように、彼女は手の平を机に叩きつけた。 ばんっという激しい音が閑散とした教室に反響した。それはまるで彼女の悲痛な叫び声のようだった。 嗚咽を漏らしている高遠の頭を撫でようと、右手を伸ばす。
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