卒業式

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「なんで……なんで、死んじゃったの?先生っ」 その台詞を聞いた俺は、伸ばしかけた右手を引っ込めた。高遠は俺の存在に気付くこともなく、目の前で泣き崩れた。 「ごめんな、高遠」 俺は震えている高遠を静かに見下ろしていた。見下ろす事しか、出来なかった。 再び頭を撫でてみようとしても、実体の無い右手が虚しく空を切るだけだ。 「本当に、ごめんな」 聞こえるはずも無いが、それでも俺は謝らずにはいられなかった。 卒業式までの担任は何かと忙しく、俺の身体は疲弊しきっていた。その為、帰宅途中で横断歩道に突っ込んできた車に気付くのが遅れ、事故に遭った。 意識が次第に闇へ沈んでいく中で、俺はずっと彼女を想っていた。 和歌の意味を知った時、どんな反応をするのか。とても楽しみにしていた。 きっと照れながらも嬉しそうに笑ってくれた筈だ。 決してこんな風に泣かせたかった訳じゃない。 もう二度と触れることも出来なければ、俺の声が聞こえる事もない。 それでも、机に突っ伏している高遠の頭部に唇を寄せる。艶のある長い黒髪に口付けを落として、俺は切実な願いを込めて言った。 「飛鳥川 ふちは瀬になる 世なりとも 思ひそめてん 人は忘れじ。――もう一緒に意味を調べてやれないけど、この和歌だけは忘れるなよ」
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