13人が本棚に入れています
本棚に追加
「よう、熱心だな」
父の明彦が帰ってきた。パソコンの画面を見て、また首を振った。
「まだ、久麗さんのアレにかかわってたのか?」
「うん、まあ・・・もしかした、物になるかもしれないよ。燃料のウランの濃縮度が、せめて20パーセントくらいあれば、だけどね」
「20!」
平田明彦は手で口をおさえた。もう少しで、言ってはならない事を口にしそうになった。
旭は父の反応を見逃さなかった。ウラン235の濃縮度20パーセントは、父には大事な数字らしい。
1月も半ばを過ぎると、夜明けが早くなったと実感できる。
朝食をとりながらテレビを見れば、接近する小惑星ノストラダムスの話題ばかりだ。
「いよいよ、今夜、ノストラダムスが月の裏側を通過します。予想時刻は、午後8時20分頃です。満月の夜の天体ショーに天文ファンは盛り上がっています。青森県の天気は、今夜は快晴に近い晴れ。絶好の観測日よりになりそうです」
画面が青白く光る小惑星の写真になった。
「昨日のノストラダムスです。周囲がぼやけているように見えます。これはノストラダムスから蒸発した水分など、実は彗星なんです。彗星の尾は後ろに隠れて、今はほとんど見えない状態です。とは言え、核の直径は200キロ、長さは300キロ以上。歪んだラグビーボールかピーナッツのような形をしています」
女性アナウンサーが語り、また男性のアナウンサーが語った。今時のニュースは漫才を見ている気になる。
「ノストラダムスは地球軌道を通過後、太陽に向かって落ち、消滅すると見られています。ただ一度の彗星と言う訳です」
ただ一度・・・旭の耳には、妙に残る言葉だった。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
妻の恵美子に送られ、平田明彦と旭の親子は玄関を出た。
明彦は出てすぐ、向かいの家の呼び鈴を押した。
「ぼんじゅー」
「オハヨゴザイマース」
不器用なフランス語となまった日本語が交差して、ジュール・ブリューネが出て来た。ブリューネはフランス人の技師、父と同じ核燃料サイクル施設で働いている。今朝は父の車に同乗して出勤だ。
旭は走る車を見送り、バス停へ急ぐ。
最初のコメントを投稿しよう!