1月

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 7時が近くなった。  テーブルの上には、田舎風の和食とフランス風のちゃんぽんな料理が並んだ。電灯を落として、燭台のロウソクの灯りだけにすれば、気分だけは豪華に感じた。  ブリューネはワインを持って来た。平田家の者は酒に弱い、ソーダで割ってもらう。旭は緑茶をすするだけ。 「あ、お月さま」  母の恵美子が窓から空を指して言った。水平線の雲間からオレンジ色の月が顔を出した。 「ノストラダムス・・・て、フランス人だよね」 「ウイ、本名はミシェル・ノートルダム。敬虔なカトリックの人よ」  キリスト教は、厳密には予言や占星術を禁じている。なのに、ノストラダムスの預言が広く知られている。大いなる矛盾だ。 「黒死病が蔓延する時代、衛生環境を改善しようと、下水道の整備に力を入れた人なのでーす」  ブリューネは言って、ワイングラスを口にする。  下水道が整備される以前のフランスの街では、家々の各部屋にオマルが置かれていた。糞尿を回収する業者が家々を回っていた。業者が来ない時、人々は家の窓からオマルの中身を外に投げ捨てた・・・時には、道を歩く人にかかり、トラブルになる事もあった。 「アンゴルモアの大王が空から来て、大地に災いを振りまく・・・とか、実は、ノストラダムス以前のパリですか?」  旭が問うと、シルビーさんが笑みを返してきた。 「止めなさい。食事の時にする話題じゃないから」  母が睨んできた。旭は肩をすぼめて肯く。  月の高度が上がって、色が黄色くなり、白くなってきた。同時に、水平線から明るい星が現れた。時計は8時になった。 「あれよあれ、ノストラダムスよ」  母が言った。皆が東の窓へ行く。  旭は双眼鏡を出した。光が強いだけでなく、はっきり形を持つ天体が見えた。
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