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prologue
ほんの数週間前のこと。
父親がとある写真家を大絶賛した後に自らもすぐに写真を始めた。
その写真家の話をする時の父は目をキラキラさせていて、まるで子供のようでこちらが微笑ましいくらいだった。
「航騎と同じくらいの年のコらしいんだけど、世界的にも評価が高いんだって!」
写真集を見せながら、意気揚々と話す父は、まるでその写真家を我が子のごとく自慢げに話していた。
ミーハー気質の父は形から入るタイプで、数十万もするデジタル一眼レフを無断で購入し、それを知った母は、それはそれは頭を抱えていた。
「まったく、パパったら困っちゃうわよね」
口ではそう言いながらも、母は特段怒っている様子ではなく、むしろ父のその天真爛漫さに微笑んでいた。
この夫婦は実に仲がいい。
学生時代からの恋仲だったという両親は、10年来の交際を経て結婚した。
いいことも悪いこともたくさんあったと言うけど、それすらも乗り越えて子供を2人授かった。
それが私と兄貴だ。
思い返せば、この両親を筆頭に相原家は笑顔に満ちた家庭だった。
悪いことをしたらそれは怒られたりもしたけれど、両親二人はそれ以外の時はいつでも笑顔だった。
固く閉じられた二人の棺の前にそんなことを思い出すと、現実に起きていることなのだという実感は到底湧かなかった。
事故にあったと知らせを受けたのは数日前。
その日は酷い土砂降りで、道路は川のように雨水が流れていた。警察の話によれば、ハンドル操作を誤ったのだろう…という話だ。
二人揃って天国に旅立ってしまったのだから、心底おしどり夫婦だ。きっとどちらか一方が先に逝っていたら酷く落ち込んでいただろう。そんな姿を見なくて済んだことは不幸中の幸いなのかもしれない。
「綺帆そろそろ休んだら? 明日も早いぞ」
兄貴に背中から声を掛けられ、私は立ち上がり部屋を出た。
後から聞いた話だが、二人の亡骸は大破した車に対し、とても綺麗な状態だったらしいのだけど、私は棺の中を見ることが出来なかった。
いつも笑顔だった両親が無機質に横たわる姿を見るのは精神的に耐えられそうになかったから。
目の前の現実をすぐに受け入れられるほど、私は大人ではなかった。それは兄も同じようだった。
別れは時として、こんな形で突然訪れるものなのだと知った中学二年生の冬。
両親の告別式は、あの日の雨が嘘のようにひどく晴れ渡った晴天の中執り行われた。
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