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たしかこの辺りにしまったはずーー。
記憶を辿りながら仏間の押入れを探る。
そこには少し年季の入ったダンボールが入っていた。「父遺品」と、兄のちょっと雑な字で書かれた箱の封を丁寧に開ける。
中には父が写真にはまったキッカケである、M.masakiの写真集と、母に呆れられながらも手に入れたCanonの一眼レフ。
カメラを手に取り電源ボタンを押すが、長いことしまっていたこともありバッテリー切れのようで画面は真っ黒なまま黙り込んでいる。
「何してんの?」
同じ箱に同封されていたアダプターを手に取り、封を閉じたところでひょっこりと仏間に顔を出した兄貴が眠気眼を向けながら遺品を広げる私に問いかける。
事の発端は数日前。新入生に向けたサークル勧誘での事だ。
他のサークルが忙しなくビラを配り、ナンパさながらに勧誘する中で、お世辞にも派手とは言えないひかえめな様子で渡されたビラ。
それはそれは、あまりにも消極的で「本当に勧誘する気があるのか? 」と思うほどで。
これはあとで他から聞いた話だがM.masakiの出身サークルらしい。といっても、写真家としての才が世間に名が知れ渡ったのは大学入学前。出身というにはおこがましい気がするが、私にとって行動に移すには十分すぎる出来事だった。
父が魅了された若き写真家が所属していたサークル。それだけでも随分と魅力的だ。
ふと仏壇に目をやると、そこには変わらぬ笑顔を浮かべた二人の写真が飾られている。写真とは人の曖昧な記憶すらも確実に残してくれるものなのだと、ここ最近は特に感じるようになった。
そもそも大学進学は兄の強い勧めだった。
私は働くと言ったのだけど、それを兄は許さなかった。かくいう自分は夢であった建築家を諦め、家計のために働いているというのに、だ。
『俺の代わりに綺帆には大学出て自分の好きなことをしてほしい』
そんな風に言われては私に選択の余地はなかった。
せっかく入学したからには何かをしたい。そう思った時にふと思い出したのだ。私の中に眠っていた父の記憶が。
「大学に写真サークルがあるらしくて。それに入ろうかと思ってる」
私の言葉に「へー!いいじゃん!」と満足そうな表情を浮かべた。
両親が死んでから、私たち兄妹の生活は一変したし、決して楽な生活ではなかった。でも、親子とはよく似るものなのだろう。兄貴は気丈で両親と同じようにいつもこうして笑顔を浮かべていた。兄貴が居たからここまでやって来れたと思う。
「父さんもきっと喜ぶよ」
兄貴が言うのなら間違いないのだろう。そんな気がするのは、その笑顔が父と似ているからだろう。
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