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「廃部寸前ねぇ……」
結局、重大すぎる決断を任された私は、決め兼ねてしまい答えは明日まで待ってもらうことになった。兄にも話してみると、益若さんと同じように首を傾げた。
「でも、綺帆は写真やってみたいんだろ? そしたら被写体なんてなんでも良いんじゃないの?」
「でも、相手はプロのモデルだよ? それに私はドがつく素人だし、そんなのこれからカメラはじめる人間には荷が重すぎるよ」
私は手始めに物言わぬ草木や花などを撮りたかったわけで、決してモデルを撮りたいわけでもないし、カメラマンを目指しているという訳でもない。
「……でも、せっかくなら兄ちゃんは挑戦してみて欲しいけどな。やってみたら案外才能が開花する…なんて事もあるだろ? それにみんな何かを始めるときにはそれ相応の覚悟が必要だろ」
そんな大げさな……と思うけれど、この兄貴の口から聞いてしまうとその言葉には妙な説得力がある。現に彼は私を男手ひとつで養ってくれている。
あの時の兄貴も覚悟を持って挑んだに違いない。その言葉の重さは私が一番理解出来るものだった。
「そういえばさ、隆央のこと覚えてる?」
急に話の方向転換がなされる。
誰だろう? まったく記憶にない名に首を傾げる。
「俺の高校の時のダチなんだけど、たしか綺帆と同じ大学で、高校ん時からモデルやってんだよ」
そうなんだ、と相槌を打ちながらも唐揚げを頬張る私の興味のなさに、兄貴は苦笑いを浮かべた。
兄貴は今年で21歳。世間での同年代の人達は大学生をやっている中、両親が亡くなってから高校を中退しずっと働きづめている。
「……私だけ好きなことしていていいのかな?」
ふと兄貴の心労を思い、そう告げると優しく微笑みながら私の頭を撫でた。
「いいんだよ。俺のためだと思えば」
兄貴はいつもそう言うけど、本来ならバイトの一つでもやる方が家計は助かるはずなのだ。しかし、兄貴はそれすら許してくれない。
少し頑固なところも、父親譲りだ。
「とりあえずやってみれば? 意外と面白いかもしれないじゃん」
それに本物のモデル撮れるとか他の人たちは滅多に出来ないことじゃん? と他人事のように言う。
たしかにその通りだ。意図しない形ではあるけれど、写真を始めようと思ったことに変わりはない。
不安だ、という感情だけで諦めてしまうのも勿体ないのかもしれない。そう思い直して「やってみる」と頷いた。
兄貴にこう言われるとどうにも断れない。頭が上がらない、というのもあるけど、兄貴の分も青春を謳歌しなければならないという使命感があるからだ。
私の言葉に満足げに笑う兄貴をみていると、弱音など吐いてはいけないと感じた。
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