モノクロの世界

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 僕は小学4年まで九州熊本の炭鉱町で育った。もうかれこれ50年も昔の事だ。還暦を迎えた今でもあの頃の記憶は僕を捕らえて離さない。  僕の父親も当然炭鉱に勤めていて、僕たち家族は炭住と呼ばれる木造の古い社宅に住んでいた。それは色あせた長屋に毛が生えたような代物だったけど、その時代のその地域のそれなりの暮らしだった。  昭和30年代の思い出は何時もモノクロでしか頭に浮かんで来ない。そこは少年の僕にとって色の無い無機質な世界だったからだ。現代のカラフルな暮らしとは程遠いダークなモノクロの世界だった。  テレビのニュースが伝える活気溢れる高度成長を尻目に、僕の回りの大人達は子供心にも随分と疲れて見えた。一日中、日の差さない坑道の中で過酷な肉体労働をしているのだから当たり前だ。テレビの中にあるのは別の世界だと僕はぼんやりと思っていた。    そんな中、炭鉱で何百人もの死者が出るような落盤事故が起こった。幸いうちの父親は非番で無事だったが、友達のお父さんが何人か生き埋めになって亡くなった。昨日まで社宅ですれ違っていたオジさん達が大勢死んだのだ。  そういう悲劇も重なってか、僕の幼少期は何かと暗い影が纏わりついていた。
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