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 正直な所勇二郎は、 (だからなんだというのか……)  そうとしか思えなかった。  使い物になるわけではない。剣が握れなければ、何の意味も無い……  言ってみればおみよは、特大の天眼鏡をもってこの僅かな変化を見つめ、勇二郎は、遙か彼方の山の頂にある絵に描いた餅のように眺めていた。  勇二郎は、別の物を見ていた。  おみよが、笑った。  出会って以降、初めて見る笑顔であった。  いや、勇二郎は知らないが、菓子屋の蔵に閉じ込められて以降、おみよが笑ったのはこれが初めてだった。  そして、ある意味当然のことだが、勇二郎の病床を訪れる人々は、皆一様に笑顔とはほど遠い、沈鬱な、あるいは哀憐の表情を浮かべていたから、倒れて以降初めて見る人の笑顔でもあった。
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