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六
自身では、倒れてからさほどの間もなく気を取り戻したかのように思っていたが、実際には丸々一日もの間、眠り続けていたのだと聞かされ、驚いた。
夢うつつにも意識はあって、枕頭でなされた会話などは概ね聞いていたつもりであったが、それもひどく断片的であったらしい。
だが、頭ははっきりしている。
少なくとも、自身ではそのつもりの勇二郎は、門人の朔田道之進を呼んで、甥の源太郎を呼び戻せと言った。
この道場は、勇二郎の父、源太夫が興し、父亡き後は兄が跡を継いだ。兄には、父や勇二郎には無い商才という物があって、道場は兄の時代に大きくなった。だから、この道場は名実ともに兄のものであり、跡を継ぐべきはその子源太郎であるべきだったが、兄があまりにも早く急逝してしまったために、源太郎が成人するまで預かるつもりで、師範の座に就いたのである。
だから勇二郎は、源太夫の名を襲わなかった。
ところが、跡継ぎたる源太郎は十五の歳に、父親から聞かされていた旅の話しに憧れて、武者修行と称して旅に出てしまい、それから十年。気儘な暮らしが気に入ったかして一向に帰ってこない。
どこに居るのかすら定かではないが、諸方の主立った道場や知己に便りを出せば、いずれかにはいるだろう――
ところが、たったこれだけのことを言うのも一苦労で、舌がもつれて上手く話せず、聞き取る事が出来ずに、道之進は首を傾げた。不思議におみよは勇二郎の言うことをよく理解して、代弁しようとするのだが、今度はおみよのきつい訛りが聞き取れない。
確か門人の中に、北の方の藩に仕えていた者がいた筈だと呼びにやるという騒ぎであった。
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