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「きゃっ」  突き飛ばされておみよは、壁際まで吹っ飛んだ。  既に初老の域に達し、おまけに卒中で左半身が動かなくなっているとは言え、元は剣術道場の師範である。思った以上に力は強かった。 (けど、田舎の女は、こったらごとぐれえで、へこたれたりしねえもね)  ちょっとぶたれたくらいで痛いの痒いのとめそめそしていては、たちまちおまんまの食い上げだ。  それに―― (お()もおっ()も、さんざ患って死んだんだも)  だから、病人の世話なら、慣れっこだった。  己の体が意のままにならないことに苛立って癇癪を起こしたり、無茶を言って人を困らせたり、また、急に死にたくなったりすることなど、百も承知だ。  こんな時、変に情けを掛けたりしては、図に乗るのだ。  いたわることと甘やかすことは、違う。 「何すんの、いだましい(勿体ない)。かっぱがえってまった(ひっくり返ってしまった)でないの。おまんまば粗末にすっと、罰が当たるべさや」  叱りつけておみよは、散らばった茶碗と匙を拾い、畳にこぼれた粥をぺろりとなめた。  百姓の口には滅多なことでは入らない、白い米で炊いた粥なのだ。
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