14人が本棚に入れています
本棚に追加
七
「きゃっ」
突き飛ばされておみよは、壁際まで吹っ飛んだ。
既に初老の域に達し、おまけに卒中で左半身が動かなくなっているとは言え、元は剣術道場の師範である。思った以上に力は強かった。
(けど、田舎の女は、こったらごとぐれえで、へこたれたりしねえもね)
ちょっとぶたれたくらいで痛いの痒いのとめそめそしていては、たちまちおまんまの食い上げだ。
それに――
(お父もおっ母も、さんざ患って死んだんだも)
だから、病人の世話なら、慣れっこだった。
己の体が意のままにならないことに苛立って癇癪を起こしたり、無茶を言って人を困らせたり、また、急に死にたくなったりすることなど、百も承知だ。
こんな時、変に情けを掛けたりしては、図に乗るのだ。
いたわることと甘やかすことは、違う。
「何すんの、いだましい(勿体ない)。かっぱがえってまった(ひっくり返ってしまった)でないの。おまんまば粗末にすっと、罰が当たるべさや」
叱りつけておみよは、散らばった茶碗と匙を拾い、畳にこぼれた粥をぺろりとなめた。
百姓の口には滅多なことでは入らない、白い米で炊いた粥なのだ。
最初のコメントを投稿しよう!