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 立ち上がるのに、手を貸そうとするおみよを、少し邪険に振り払い、 「一人で立てる」  途端によろめいて、たちまちおみよに、 「いぎなりそったら無理ばしたって、わがんね(駄目だ)。転んだらどうすんの。怪我ばしたらわや(・・)なんだから気ぃ付けれって、お医者さまも言ってたべ?」  と、叱られた。  確かに、半身の自由が利かないのだから転べば怪我をしやすく、不自由な半身は血の巡りが悪いために怪我をすれば治りが悪く、大事に至ることもあるのだと注意をされていた。  こんなざまだが、それでも、杖にすがってでも、自分の足で歩けるようになっただけ、僥倖と言うべきなのだろう。  だらりと下がった左手も、力はまだ十分には入らないが、それでもなんとか僅かばかり、物をつかむことも出来るようになってきた。  おみよは、いちいち手を叩いて喜び、医者には、 「さすが、常人とは、お体の出来が違うのですな」  などと、おだてられもするが、それでも、どんなに足掻いても、元のように剣を握れるようにはならないだろう。  今はただ、なんとか人並みの暮らしが送れるようになることを目指して、日々努力を重ねているわけだが、さて、その先は――?  一体、何をして暮らせば良いのだろうか……  剣客の父を持ち、道場に生まれ道場で育ち、他の世界をまるで知らず、妻子さえ持たぬままに、五十も半ばとなったところで、この始末である。  死を望む気持ちこそ薄らいだが、やはり、虚しい。  はじめの頃は、まさに地獄だった。
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