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 ――それは、二月前。  異変は、日課である朝の素振りをしている時、突然に起こった。  不意に、木刀を取り落としたのだ。そんなことは、かつて無かったことだ。  拾わなければ……と、思う間もなく視界が暗くなり、横様に倒れた。まるで手足が自分の物では無いように自由が利かず、声を上げようとしたら、ろれつが回らなかった。 (これはいかぬ)  そう、思ったが、案外冷静に、 (とうとう、来たか)  と、受け止めてもいた。  なんとなれば、父も、兄も、そうだったからである。  この道場を興した父は、その頃、六十も半ばを過ぎて、道場の稽古はすっかり師範代の勇二郎に任せるようになってはいたが、まだまだ矍鑠(かくしゃく)としており、どこも悪い所など無いようだったのに、ある日、夜中に小用に立ち、庭先で倒れた。  勇二郎は当時、まだ二十五歳の若さでもあり、当然白河夜船で眠っていたのであるが、そこは剣客で、異変を察知し飛び起きた。  医者をたたき起こし、必死に介抱し、手を尽くしたが、結局その甲斐もなく、再び目覚めることなく三日後には息を引き取ったのだ。  そして――後を継いだ五つ年上の兄も、十二年前、いつもと全く変わらぬ様子で門人に稽古を付けている最中、突然倒れ、そのまま命を落とした。  まだ、五十を前にした若さであった。  この時は、あまりにも、あっという間の出来事で、医者を呼ぶ暇も無かった。  以来、勇二郎は、 (これは、うちの血筋の、持病のようなものなのだろう)  いつか、自分もそうなるものと、なんとなく覚悟をしていたのである。  だから、勇二郎はその時、自分はこのまま死ぬものと思っていたし、再び目覚めることがあろうとは、夢にも思いはしなかった。  途絶えかかる意識の底で、おみよの悲鳴を聞いた。  道場の行く末などよりもむしろ、昨日交わしたばかりの、おみよとの約束を果たしてやれなかったのが、心残りだった。
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