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 着流しに袖無しを羽織り、総髪は半ば白い。  右手の杖に体重をかけ、左足を引きずるようにして、川辺の道をゆっくり、ゆっくりと歩いて行く。一歩歩みを進めるたび、今にも転ぶのではないかと危ぶまれる程に、上体が大きく傾いだ。  傍らにはいつも、娘とも孫ともつかぬ十三、四の娘が寄り添っていた。  今は、無腰であるが、 「元は、剣術の先生だったらしいよ……」  本所に、大きな道場を開いていたのだとかいう話しだ。  そう言われてみれば、なるほどそうかとも思われる大柄な体が頼りなくよろめき、慌てて娘が手を差し伸べる。  二人が、その百姓家に越してきたのは、ほんの一月前。まだ、夏の暑い盛りのことだった。  それ以来二人は、この川辺の道を、たっぷり一(とき)以上の時をかけて、途中何度も休みを取りながら、毎日毎日歩いていた。 「どんなに、剣術が強くっても、病には勝てないのだねえ……」  土地の者達は、そう噂していた。
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