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同性を好きになる。そんな性癖に気が付いたのは多感な時期だった。こんな田舎で誰に相談できる訳でもなくひたすら隠し通し、農業の勉強をしろといった祖父に言葉に便乗して都会の大学に進んだ。
都会にはなんでもある。そんなテレビからの情報を鵜呑みにし秀は大学生活を都心で暮らすことにした。
正になんでもあった。手の届くところに全てが揃う。文明の力がなんでも教えてくれる。
そう同じ嗜好の奴を探すことさえ安易に出来た。肩の力を抜き、生きていける場所。そこに自分の存在価値を見つける事が出来たと思うくらいに悩んでいたのは確かだった。
だが心の底から心を震わす人と出会うことはなかった。ただ、欲を満たす相手に事足りないことはなかったが。
恋がしたい。心を震わせ、愛おしいと思える人に愛されたい。その欲望は身体の欲望と並行して心の中で燻らせていた。叶うことのない想い。それを打ち明ける相手には出会えなかった。
さっさと都会暮らしに見切りをつけられたのもそのせいでもあった。出会いを求める人達の中で自分を必要としてくれる人がいなかった。ただ、欲を満たせる人との出会いだけのつまらなく、空っぽな生活に嫌気をさしていたのかもしれない。
「いつもありがとう。小田さん」
運び終えた彼にそう礼を言うと、どうしたのかとキョトンとした顔を見せる。その表情がまた可愛らしくて顔が緩んでしまう。
この人を愛おしいとは思っていない。それは届かない想いは仕方がないと諦めている自分がいるから思わないようにセーブしている。
相手はノンケの子持ちだし。
諦める材料は数え切れないくらいある。気持ちに線を引く事を都会暮らしが秀に教え込んだ。
「どうしたんですか?いつもになくしおらしい…」
こんな冗談が言えるくらいには心を開いてくれているんだと苦笑を浮かべる。
「俺のセクハラにも耐えてくれてありがたいと思ってさ」
自負するスキンシップは間違えればセクハラに値する。そのギリギリセーフな一線を超えないように理性を働かす。働かせてはいるが…最近はどうだろう…アウトのような気もするが。
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