5人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
風
◇
風が吹いていた。生温くて、曇り空に合わせたような気味の悪さ。今日は波も高い。
潮の香りも爽やかさはなくて、何か濁ったような不気味さ。
夕方のこんな時間に釣り糸を垂らしているせいもあるが、魚たちの動きもおかしい。
「嵐がくる……」
声は風に消える。
人々の不安を写したかのような空。今にも泣き出しそうなそれに目を向ければ、嫌な予感ばかりが胸を締め付ける。
これほどに平和が怖いと思ったことはない。
二千年に一度、必ず現れると言われている魔王も、それを倒す勇者もいない。平和そのものが、人々を不安の渦に沈める。
なぜなら、すでに二千年の時は過ぎていたのだから――――。
「おーい、ベティ!!」
うるさい。今、私は真剣勝負の真っ最中。あんたに構ってる場合じゃないんだよ。
確かに、物思いに耽っていたけれど。
「ベティ!!」
「うるせぇよ!!」
我慢出来ずに叫んだと同時に、手元が軽くなる感覚。逃げられた。
上げてみた竿の先。餌は綺麗に取られた後だった。
「おい、逃げられただろ!? どうしてくれるんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!