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 ◇   風が吹いていた。生温くて、曇り空に合わせたような気味の悪さ。今日は波も高い。  潮の香りも爽やかさはなくて、何か濁ったような不気味さ。  夕方のこんな時間に釣り糸を垂らしているせいもあるが、魚たちの動きもおかしい。 「嵐がくる……」  声は風に消える。  人々の不安を写したかのような空。今にも泣き出しそうなそれに目を向ければ、嫌な予感ばかりが胸を締め付ける。  これほどに平和が怖いと思ったことはない。  二千年に一度、必ず現れると言われている魔王も、それを倒す勇者もいない。平和そのものが、人々を不安の渦に沈める。  なぜなら、すでに二千年の時は過ぎていたのだから――――。 「おーい、ベティ!!」  うるさい。今、私は真剣勝負の真っ最中。あんたに構ってる場合じゃないんだよ。  確かに、物思いに耽っていたけれど。 「ベティ!!」 「うるせぇよ!!」  我慢出来ずに叫んだと同時に、手元が軽くなる感覚。逃げられた。  上げてみた竿の先。餌は綺麗に取られた後だった。 「おい、逃げられただろ!? どうしてくれるんだよ」
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