最終章 良夜 (りょうや)~月の明るい夜~

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仲居さんが出て行くと 二人は旅館の部屋で微笑み合った。 葵がゆっくり二人で会いたいと言うと 拓人が葵の働く高齢者住宅から そう遠くない旅館を探してくれた。 この時期は紅葉のシーズンで どこも予約が難しくかったのではあるが、 拓人が、なんとか予約を 取ってくれたのだった。 「なんだか、緊張する・・・」 「うん・・・俺も」 そう言って二人で笑うと 心の氷が溶けていく。 外から個室についている露天風呂に 流れる湯の音がした。 「すごい部屋だね!」 「手頃な部屋は埋まってて。 でも、いいでしょ?」 葵は頷いて 隣の部屋を開ける。 8畳ほどの部屋には シワの1つもない シーツが張られたベッドがあった。 「葵ちゃん?」 拓人が後ろから声をかけると 葵はビクリと身体を硬直させた。 「ちょっと、話そうか」 葵は首を縦振る。 でも下を向いたままだ。 拓人は部屋に入って 大きなバッグをベッド脇に置いた。 そして、葵の正面の ベッドに腰かける。 葵を下から覗き込んで 拓人はゆっくりと言った。 「葵ちゃん・・・二人で、ゆっくりできる と思って、ここにしたけど」 拓人の心配そうな声に 葵は顔を上げ 拓人と目を合わせた。 「今日は、何もしないから・・・安心して」 葵は返事に困っていた。 拓人に触れたい。 でも昇也とのことがあった後で 拓人に触れられることや 見られることが怖かった。 「ありがとう・・・」     
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