選択の時

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家に居るのが辛い、それは間違いなかった。だが、25年のローンがまだ残っている為、別邸に住む余裕などなく、彼は深夜まで会社に残り、着替えと風呂の為だけに帰宅するという生活を余儀なくされていた。そんな状態でまともに仕事がこなせる筈もなく、痺れをきらした係長がついに、今日口火を切ったという訳だ。 「そうそう、去年マカオに行ったんだけどな。あそこ良かったぞ。カジノもあるし、メシもうまいし」 「ありがとうございます、検討してみます」 係長はまだ旅の思い出話を続けたそうな雰囲気だったが、彬仁はシャットアウトする様に軽く頭を下げ、その場を立ち去った。 (一ヶ月の休みどころか、そのまま退職させられるかもな) ぼんやりとした不安を抱えながらも、その足で事務課に行くと早々に休暇手続きを済ませ、気付けば午後には退社をしていた。 「ああ、久しぶりだ」 留美が亡くなってから休日も出勤していた彼が、まだ日が昇っている内に社外に出るのは本当に久しぶりだった。少しだけ気が晴れた、街をぶらぶら歩いてみる事にしたが、そこらじゅうに溢れるバレンタインの文字に思わず深いため息が出てしまった。 「僕はチョコが嫌いなんだって」 ピンク一色のディスプレイで飾られたショーウインドーに向かって独り言を呟く。彼の目に映っているのは目の前の現実ではなく、留美との思い出だった。 「久保さん」 ふいに肩を叩かれ、彬仁の体がびくりと揺れる。振り返ると、そこには短く刈り込んだ頭をした体格の良い男が立っていた。     
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