紫陽花と呪詛

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 6月も半ばに差し掛かった湿る雨の日。記録的な大雨から続いているこの季節の雨は肌にまとわりつき普段の行動に重さを感じさせる。ビニール傘に降る雫は少し大きめで軽快に音を立てているが俺の足取りはそうもいかない。濡れたアスファルトを白いスニーカーでゆっくりと踏みしめていく。  街路には季節の花である紫陽花が咲き誇り滲むような青や視界を彩っていた。小さな花が密集し丸く形作る。今の季節の渋谷のスクランブル交差点を上空から見下ろすときっと同じような景色になっているだろう。  ふと、明日からの仕事を思い出し、気分がうだる。 「結局今日も雨のまんまだったね」  隣からの声に傘の端を少しあげ、覗き込むように発された場所を見る。 「残念だった?」視線を向けていることに気づいた彼は続けざまにそう言った。 「まあ、わかってたことだから仕方ないんじゃないかな」 「そうだけどさ、せっかくのデートだし俺は晴れてて欲しかったなあ」  憂うような顔をして彼は視線を紫陽花に向けた。 「ここの紫陽花はさ、青の品種しか植えてなくて今日来るならここだなって決めてたんだよね。多分この花壇の所有者のこだわりなのかなって思うんだけど」 彼に言葉を確かめるように自然と周りに目を向けていた。植えられた紫陽花に大小の差異はあるがここ一帯の全ては青に染まっている。線路沿いの道から一つ曲がったここは鶴岡八幡宮のある鎌倉駅の隣、北鎌倉駅のホームが見える住宅街の一角。なんの変哲もないただの街路だがここだけは全て青に満ちていた。 今日は彼との最後の日。突発的な人事異動の矛先が向けられたのは結婚もしていなく子供も配偶者もいない独身の自分。セクシャリティをオープンにしていない自分は世間一般的に言えば独身貴族と言われる立場だった。一人で生きて、一人で暮らし、一人を楽しんでいると思われているのだろう。それでもある程度の期間を共に過ごした恋人はいた。 今の環境から離れると言っても新幹線などを使えば約3時間ほどで着く場所だ。会えない距離ではないが、別れを選んだのは自分だった。自分だったが、なぜ選んだのかは自分でもよくわからない。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!