プロローグ

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 もう手遅れなんじゃないかと、少女は思った。 「あは、あはははは、ははははは」  森の木立の向こうに立ち、青年は笑っていた。  あんなに悲しそうに笑う人間を、少女は見たことがない。  彼の目の前には、黒髪の男が立っている。  きっとあいつが、すべての真実を告げたのだ。  それを止める権利なんて自分にはない。けれど、事実を聞けば最後、青年がこうなってしまうことは分かりきっていた。  少女は呆然と立ちつくしたまま、二人を眺めることしかできない。 「あははは、はは、そんな……」  青年は空に向かって笑っている。 「そんな訳、ない……」  やがてその目は大きく揺らぎ、透明な涙が一粒、零(こぼ)れ落ちた。 「これが事実だ」  黒髪の男は、容赦なく告げた。 「ほら、見るがいい」  ぽつり、と空から水滴が落ちて来た。  まるで涙のように、後から後から降ってくる。  世界は青年と呼応していた。  彼の涙は雨になり、叫びは雨雲となって嵐を呼び起こす。  ごおお、と巻き起こる風に髪を乱され、少女はひたすら青年を見つめた。 ――――彼をこんなにしてしまったのは、わたしだ。  駆け寄って抱きしめたかったけれど、そんな権利などないと思えた。 ――――全部、わたしのせいだ。  青年はこちらに気づかず、呆然と男を見つめるだけだ。  彼は必死に、心を落ち着けようとしているようだった。 「無駄だ」  男はさらに言い放つ。 「お前は罪を犯したんだ。思い出せ」  豪風はさらに強くなり、木々の梢(こずえ)を揺らした。  青々とした木の葉は、絵の具をこぼしたようにあっという間に色を変えていく。  みるみるうちに、すべての木の葉が真っ赤に染まっていった。  まるで、森中が火事になったみたいだ。 「僕が、何をしたって言うんだ」  やっとのことで、青年が唇を開く。  その目は零れ落ちんばかりに見開かれていた。  少女はハッとして駆け出した。  聞かせてはならない。彼はそれを、知ってはならない。  男が馬鹿にするような笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。 ――――ああ、やめて。  視界が滲んだ。  自分がそれを望んだのだ。  彼は願いに、応(こた)えてしまった。 ――――お願い、お願い。知っては駄目。 「お前は生きたいと望んだ。それがこの世界を、めちゃくちゃにしたんだ」  森中の葉が、一斉に散っていった。
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