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青年曰く、今いる森を抜けるには後二日ほど歩き続けなければならないそうだった。
他にも早く抜ける方法はあるが、村へ出るには西へ向かうのが一番なのだそうだ。
そうは言っても、カレンにはさっぱり、どの方角がどちらか分からない。
「日が落ちていく方向を見ればいいんだよ。分かり切ったことじゃないか」
エヴァンはそういうが、頭上に高く輝く日を見ても、どちらに動いているのかいまいち理解できなかった。その上、この森は木が生い茂り、空を覆い隠してしまっている。
太陽はその隙間から、ちらちらと覗くだけだ。
彼は出会った時から案内をしてくれているが、それは正解だったかもしれない、とカレンは思った。
もし一人で動いていれば、完全に道に迷っていただろう。
ここは獣や精霊が彷徨(さまよ)う森だ。昼間はまだしも、夜は恐ろしく危険な世界へと変わる。
そうこうしているうちに、やがて日は落ち、夜が訪れた。
辺りはいつしか暗闇に覆われ、森は不気味な場所へと姿を変えた。濃い靄の中に、黒々と木々がそびえ立つ。
「気をつけた方がいいよ。この森にはいろいろなものがいるから」
エヴァンは言う。
「喋る彫像に出会ったら、言葉を返しちゃいけない。君も仲間の彫像にされてしまうからね」
「…………」
そんな話は今まで聞いたことがなかった。
色々と言いたいことはあったが、カレンはだんまりを決め込む。
この世界をおかしいと思うのは、きっと自分だけだ。
ここに住む人間には、すべてが当然のこと。何が起こってもおかしくない、と思いながら、彼の後に続く。
エヴァンはカンテラを取り出し、慣れた手つきで火をつけた。
ぼうっとオレンジの光が灯り、辺りに長い影が落ちる。青年が歩くたび、木々に落ちた影は動いた。
うねる幹は時折、怪物のような表情を見せる。カレンはそのたびにぎくりとして、ただの影だと胸をなでおろした。
そうやってしばらく歩いていくと、森の奥に小さな別の灯りが見えた。
最初は見間違いかと思ったが、灯りは煌々と温かく輝いている。
エヴァンがこちらに目配せをして、カンテラを持ったままその方向へ向かった。
近寄るにつれ、だんだんと一つの輪郭がはっきりしてくる。
暗闇の中に紛れるようにして、一軒の家が建っていた。先ほどから見えていた灯りは、その窓から漏れていたのだった。
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