第一章 黒い森の宿屋

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 エヴァンはふうっと息を吐いた。どこか嬉しそうだ。 「今日はもしかしたら、野宿を免(まぬが)れるかもしれないぞ――君もその方がいいだろう?」  カレンはすぐに頷いた。  実のところ、一日歩き続けて足がくたくただった。明日も一日歩くのだろうから、できるだけ体を休めたかったのだ。  エヴァンはカレンが賛成したのを見て取ると、宿の正面に向かった。そのまま、木でできた扉をとんとんと叩く。 「ごめん下さい」  扉がギイっと音を立てて開いた。なんだか大分古い家のようだ。  カレンはその様子を傍(はた)から見ていたが、エヴァンの横顔が一瞬、真顔になるのが見えた。  けれど、相手と話しているうちに、その表情は崩れ、にこやかな笑みへと変わる。 「そうです……ええと、はい。おっしゃる通り。僕たち二人、道に迷ってしまって、宿を探していたんです」 「そうか。まあ遠慮せず、中に入ってくれ」  そんなしわがれた声が聞こえてくる。 「ではお言葉に甘えて」  エヴァンがそのまま足を踏み入れるのを見て、カレンは彼の後に続いた。  そうして目を見張った。  家は普通のものと変わりない。温かみのある木造で、戸棚や机や椅子、生活に必要なものがそろっている。  問題は家の主人だった。  背の曲がった老人――のような風体(ふうてい)をしていたが、その顔に奇妙な面を被っている。白い面には赤い塗料で、子どもの落書きのような目と鼻と口が描かれていた。  頭には帽子を被っているが、そこから尖った黒い耳がはみ出している。よく見れば、服から覗く手は毛むくじゃらで、カギ爪がついていた。  まるで、獣が服を着てそのまま歩いているようだ。 「エヴァン」  ぞっとして、思わず青年に呼びかける。けれど、ささやくような声が聞こえなかったのか、彼は主人に勧められるまま、にこにこと椅子に腰かけていた。 「エヴァン」  もう一度、カレンは青年にささやきかけた。 「うん、何かな?」  不思議そうに問う青年に、カレンは何か得体のしれない恐怖を感じた。 「こ、ここ、おかしいわ。出ましょう」 「そうは言っても、せっかく泊めてくれると言ってるんだ。今更断るのは失礼だろう?」  彼は平然とそんな事を言う。カレンは何か、得体の知れない恐怖を覚えた。
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