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そのとき、不意に今まで海岸を明るく照らし出していた月光が翳った。夜空に輝く満月が、まるで暗闇に追い立てられるようにしてまたたくまに雲間に消えていく。光がその支配地域を闇へとゆずった。
「えっ……」
小さな声が佳奈の口をついて出た。
同時に、海岸を一陣の冷たい風がさっと駆け抜けていった。
「ひゃっ!」
佳奈の背筋に、風とは違う何か冷たい感覚が走った。先ほどの幸福色から一転、月の光のように蒼白く染まった佳奈の顔。
た、た、ただの風じゃん……。な、な、なにをビクついているのよ……。もうすぐ、あの人が来るんだから……。
自分自身に向けた心の声も、消え入りそうなほどか細かった。
ど、ど、どうってことないわよ……。そ、そ、そうよ……暗い方が、逆に雰囲気があっていいし……。これで、あの人さえ来てくれたら……もう怖くなんか……ないから……。
強がる気持ちも、だが闇の中ではまったく役にたたなかった。言葉とは裏腹に、元気を無くした朝顔のように気持ちは萎んでいく。視線は俯き加減になり、所在無く地面を見つめるだけだ。
この場所から今すぐにでも離れて街灯のある明るい場所まで走ろうか、そんな風に佳奈が思っていると──。
「ゴメンね。待たせちゃったかな?」
静謐な声が佳奈の少し背後であがった。
やっと来てくれた! あの人だ!
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