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佳奈は勢い良く振り返り、声の主を見つめた。間違いない。暗くて顔の表情はよく見えないが、あの人だった。いくら周囲が暗いといっても、愛しい人を見間違えるはずがない。
暗闇の恐怖の呪縛から解き放たれた佳奈は、あの人のもとに急いで駆け寄ろうとして──。
違うっ!
突然、そう思った。それは直感といってもよかった。だから、前に進む足がぴたりと止まってしまった。
「──どうしたの?」
あの人が訊いてきた。なぜか、どこか面白がっているような口調にも聞こえる。
「…………」
愛しい人からの問い掛けに、しかし佳奈は返答することなく、そればかりか我知らず後ずさりをしていた。
ち、ち、違う……。ど、ど、どこか、おかしい……。あの人だけど……でも、絶対にあの人じゃない……。何かが……絶対に違う……。
二人の間に数瞬の沈黙が流れ、そして再び月が雲間からその姿を現わした。
月光があの人の全身を照らし出す。いつもと同じ、だが明らかにどこか異なるあの人の姿を──。
「──どうしたの?」
再度問うあの人の声に、今度こそ佳奈ははっきりと返事をした。絶叫という形で。
「きゃああああああああああああーーーーーーーっ!」
目の前に現実ではありえない光景が姿を見せ、でもそこに現実的な恐怖を感じて、佳奈は心の底から悲鳴を発したのである。
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