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彼女は、会えば必ずにこやかに近寄ってくる、とても明るい女性だ。
リクガメ・ヴェアを見ながら「ヴェアさん、今日も元気だね~」と声をかけてくれる。
彼女の家には13歳になる猫がいるという。
「彼女はもう年だから、面倒くさがって遊んでくれないの。この間なんてね……」
笑いながら猫の楽しいエピソードを聞かせてくれる。
長い時には30分以上立ち話に花を咲かせながら一緒にヴェアを眺め、
「ヴェアさん、君は幸せだね。良い飼い主さんに出会えてさ」
公園でヴェアの相手をする、というか、眺めているだけの私にも労いの言葉をくれる。
初めて会ってから、そろそろ1年になるだろうか。私達は未だ自己紹介さえ交わしていない。
カメの飼い主と猫の飼い主、という関係だ。ただし、私はその猫に会ったことはないが。
先日、久しぶりに彼女に会った。
聞けば、体調を崩していたという。そしてそれは、今もなお続いているとも言う。
理由を尋ねると、彼女は思いつめたような表情で、
「猫が、死んだの」
と言った。
「寂しくて、寂しくて、何もできないの。帰って来たら、冷たくなっていて……、彼女を独りで逝かせてしまったの」
そこまで言うと、我慢できないという風に大きく顔を歪ませた。
私達は公園の一角で、立ち話をしている恰好だった。
それなのに、いい大人が二人でわんわん泣いている姿は、通りがかった人にとって、おかしく映ったかもしれない。
……そういう日もある。
どこに住んでいるのか、名前さえも知らないけれど、心を通わせた同士なのだから。
彼女はこれから駅へと向かう途中だった。
まだ涙の残る目元を拭いながら「ありがとうね」と言って、公園を出て行った。
最愛の猫を失った心の痛みから立ち直っただろうか。
あれからまだ彼女に会っていない。
自己紹介もしていないけれど。
猫の飼い主じゃなくなってしまったけれど。
彼女は、とても気になる大切な友達だ。
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