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あれは、いつもの公園が「梅まつり」を開催している最中だった。
辺り一面梅の香りが漂い、それはそれは見事に開花した梅の花が公園に彩を与える。それまでただの市民公園にすぎなかった散歩の公園が、一気に「観光地」へと変貌した。
人の往来はあるが、リクガメ・ヴェアにとっては大事な『食事ができる公園』でもあるので、平常通りいつものエサ場にヴェアを放ち、その様子を眺めていた。
何かの拍子で、ヴェアから目線を外すと、すぐ傍に青年がひとり立っていた。
ここまで来た気配には、全く気がつかなかった。
いつの間にかすぐ傍に立っていた、という感じだった。
その青年は、何も言わずただひたすらに、草を食むヴェアを眺めている、いや、凝視している。
手にはスマホを持ち、時折写真を撮っていた。
その存在感たるや!
なんと言えばいいのだろう……、『梅の妖精』だろうか。
観光客で乱雑している公園内に居ながらにして、青年の周りだけ静寂に包まれている。
特別美しい顔立ちというわけではないと思う。けれど『美しい』と形容したくなるオーラをまとっていた。
安易に話しかけることもできず、私はただただリクガメの写真をバチバチ撮りまくっている青年に見惚れていた。
しばらくして、青年は独り言のように呟いた。
「すごく食べるんですね」
その目線はリクガメ・ヴェアから、チラリと私へと向いた。
「そうなんですっ!」
この一言を返すのが精一杯だった。
世の中には、本当に『美しい青年』という人がいるのだなぁ、と新たな発見をした一日だった。
いや、あの青年は本当に人だったのだろうか?
今でも心に残る、気になるお人だ。
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