2018年 盛夏

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 地獄の馬車に乗せられている。  前側の窓から後姿しか見えないが、シルクハットとマントを身につけた、右腕が骨で、左腕が肉のついた腕の御者が見える。  むっとした熱気のこもった馬車の中、おれは考える。  地獄行きか。オレは死んだんだな。  どうしてだろう?思い出せない……。  そんなに悪いことをして生きてきた覚えはないんだけどな。  それに、日本人なんだから、地獄と言えば赤鬼とか閻魔様とか、そういう類の地獄に行くんじゃないのか?  西洋式の馬車に、西洋風の死神のような御者を眺めながら、そんなことを思う。 「起きたな」 「ん?」  若い女の声がして、一瞬誰が喋っているのか分からなかったが、頭だけくいと振り返った御者の顔を見て、そいつが発した声だと分かった。  顔の半分は青い炎を目に宿す骸骨だが、もう半分は若い女だった。  身体も半分は骸骨で半分は女性で、マントで一部は隠れているが、裸の胸元に目が思わずいってしまう。 「あんたは死神?」  誤魔化すようにたずねてみたが、御者は答えない。 「これは、地獄行きの馬車なのか?」  やはり、答えない。  女に無視されるのは生きている間だけと思っていたが、死んでも続くとは。   実際に景色を見れば分かるだろうと、右の窓を見る。 「ぅあ?マジ!?」  予想外の風景に、変な声が出てしまった。  そこは太陽が照りつけ、濃く深い青空の下、シェービングフォームのような入道雲が連なる、南国の砂浜だった。  もしかしたら、行き先は地獄じゃなくて天国なのか?  いや、天国を経由して地獄に行くのか??  ふと周りを見回すと馬車も御者もおらず、自分が砂浜に倒れ込んで寝ていることに気が付いた。 「ぶっ、ぺっぺっ……」  口に入った砂を吐き出し、改めて自分の状況を確認する。  うつ伏せになっていたせいで背中は乾ききっているが、身体の前面は海水で濡れており、シャツとジーンズが身体に貼りついている。怪我はしていないようだ。  水平線の先に他の島の影はなく、正面には崖と森の木々が反り立っていて、今いる場所が島なのか陸地なのかも分からない。 「どこだよ、ここ……」  自分のことを思い出してみる。  おれの名前は、神田カフウ。  見た目は40代だが、歳は23。  良かった。そこは覚えている。  同時に、一番思い出したくない男のことをふと思い出した。
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