追憶

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 煎餅布団の上で、寝苦しそうにのたうち回る一人の女。弥佐暮薫(やさぐれ かおる)は、探偵事務所の床に布団を敷いて生活をしている。  目やにのこびりついた目を開き、上体を起こして大きく伸びをしながら欠伸をひとつ。   「久々に、見たな」  独り言ちて立ち上がり、鏡に向かう。来客に茶を出す給湯スペースで歯を磨いて、顔を洗う。がーっ、ぺっと汚らしく痰を吐く。  時計を確認するや否や、ラジオの電源を入れ、窓から差しこむ朝陽の光で読むのは、競馬新聞。勝ち、と予測した馬には赤鉛筆で線が引かれている。 “さあ、最後のコーナー、一馬身の差が埋まっていく。このまま粘れるか。おおっとここでインコースから、トグロスネークが上がって来たっ! これは分からなくなって来たぞ! コーナーを抜けて最後の直線、どれだどれだ、トグロスネーク、ブラックタキオン、マジマンジ。マジマンジは三連続一着の栄冠を手にすることが出来るかっ” 「さあ、仕事始めだ」  と呟いたところで、事務所のドアが乱暴に蹴り開けられた。 「あんたの仕事は探偵だろうがっ!」  怒号を浴びせながら乗り込んできたのは、中年の男。弥佐暮は面食らって、のけ反った。
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