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「クロが黒兎で良かったよ。人間なら生まれてすぐは行動出来ないし。言葉こそクロも苦労しただろうけどさ、野外陣営の術が手に入ったでしょう? おかげで私は君と出会うことが出来て生きていられるんだ。兎って足速いし、穴堀も上手だし、キノコも見つけてくれるし」
「それと黒いことは関係あるのか?」
「クロがクロじゃなければ私は君と出会えなかった、ということ」
ツキユミも似た様な生い立ちであるからか、その言葉はクロの心にゆっくりと、優しく染み込んだ。
クロは跳び跳ねた。
「早く帰ろう! ホイル焼きもいいけど、素焼きの茄子も旨いぞ!」
「煮浸しもいいよね! あ、そうだ。靴磨きで貯めたお金を持って来てたんだ。砂糖と味噌を買って帰ろう」
「いいのか? 何か欲しくて貯めてたんじゃないのか?」
「別に欲しい物はないよ。ただ……」
「ただ?」
「クロと一緒に使える物に使おうと思ってたの」
ツキユミは笑って言った。
「一人の食事より、一人と一羽の食事の時間が私は好きなんだ」
ツキユミは走り出した。周囲の声など何のその。
走りながら角を曲がろうとした時、ツキユミは何かにぶつかった。
「……あ、あの、すみません!」
ツキユミは急ぎ立ち上がり頭を下げた。下げた頭を元の位置に戻すと、目の前には自分より遥かに大きい人間の男が目の前に立っていた。男の頬には古い刀傷の様な跡があった。
クロはツキユミの隣に寄り添っていた。
「嬢ちゃん大丈夫かな?」
「あ、はい……」
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