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手を差し出され、ツキユミも手を差し出した。すると、手を握られた。そしてその手の中には飴玉があった。
「兎君はこれかな?」
「え、あ、あの」
クロが慌てふためく様を見て、男は笑った。
「ツキユミ。俺、ツキユミ以外から贈り物を貰うのは初めてだ」
クロのふわふわの前足には、立派な人参が抱かれていた。
ツキユミは警戒した。クロを見て何も言わない人間に出会ったことが初めてだからだ。ましてや、偶然ぶつかったとはいえ、人参を持ち歩くだろうか。
買い物帰りのサラリーマンには見えない。どうするべきか。クロは人参を嬉しそうに見つめている。
ツキユミは深呼吸をした。自分に問いかけた。
ツキユミはクロから人参を取り上げた。
「な、何するんだよ!」
ツキユミは男の足元に、人参と飴玉を置いた。
「ぶつかってすみませんでした」
そう言うと、ツキユミはクロを抱えて走り出した。
男はその姿を見つめ、手を振った。
「また会えることを祈っているよ」
ツキユミは全力で走った。十歳の少女が全力で走ったところでたかが知れていた。それでも、複雑な路地裏を、糸を縫うように走り続けた。
小屋が見えて安心したこともあり、その足はようやく停止した。膝が、がくん、と音を立てるように崩れた。小脇に抱えたクロが、心配そうにツキユミの顔を覗いた。
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