なすきゅうり

2/3
前へ
/5ページ
次へ
「お母さん、麦茶でいい?」 私は、冷蔵庫の前に折りたたみ式の踏み台を置いて、その上に乗りながら、キッチンの奥の小さな食卓の椅子に座っているお母さんに聞いた。お母さんは、私の日記帳代わりにしている大学ノートを読みながら答えた。 「えぇ。美奈(みな)、グラスを割らないように気をつけなさいよ」 「大丈夫だよ。もう小四(小学四年生の略称)だよ」 「あっ、そうだったわね。『チビガエル』ってからかった男の子を、叩いて泣かせた、お姉さんだったわね」 「もう。私の日記、音読しないでって言ったじゃん」 麦茶と氷の入ったグラス二つを、お盆に乗せて食卓の四角い机に置いて、私はお母さんに少し怒った。日記帳を目の前で読まれるだけでも恥ずかしいのに、それを声に出して読まれたら、ここから逃げ出したいくらい恥ずかしくて仕方ないからだ。お母さんはいたずらに笑って、ごめんごめん。と言った。 「へぇ。美奈、可愛いカエルのぬいぐるみが欲しかったんだ」 お母さんが言ったそれは。私が去年のクリスマスに、サンタクロースにお願いした物だった。私は、食卓の奥の二つある部屋の内の、北側の小さな私の部屋から、そのクリスマスプレゼントを持って来た。それは大きくて丸く、黄緑色で目が真っ黒の可愛らしいカエルなのだ。何より私が気に入っているのは、このぬいぐるみがふかふかで、何度昼寝の枕代わりにしても、元の丸くてふかふかなそれに戻るところである。お母さんはそれを触ると、笑って言った。 「あら、とってもふかふかね。これでお昼寝したら、夜ごはんの時間まで寝ちゃいそうね」 「うん。私、それで一回、夜寝れなかったの。パパは、早く寝なさい。って言うだけだけど、おかあさ……明子(あきこ)さんは、ホットミルクを作ってくれたよ。それで、明日は学校お休みなんだから、ゆっくりして、眠たくなってから寝ればいいって言って。ゆっくりしてから寝たんだ。時計見たらもうすぐ十二時だったの。お正月以外で、こんな時間まで起きてたのは、初めてだったよ」 私がそう言うと、お母さんは、少し困った様に笑って言った。 「そう、よかったわね。でも、お母さんと居るからって、無理やり明子さんのことを、明子さんなんて呼ばなくていいのよ。お母さんって呼びなさい」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加