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「お母さん、麦茶でいい?」
私は、冷蔵庫の前に折りたたみ式の踏み台を置いて、その上に乗りながら、キッチンの奥の小さな食卓の椅子に座っているお母さんに聞いた。お母さんは、私の日記帳代わりにしている大学ノートを読みながら答えた。
「えぇ。美奈、グラスを割らないように気をつけなさいよ」
「大丈夫だよ。もう小四(小学四年生の略称)だよ」
「あっ、そうだったわね。『チビガエル』ってからかった男の子を、叩いて泣かせた、お姉さんだったわね」
「もう。私の日記、音読しないでって言ったじゃん」
麦茶と氷の入ったグラス二つを、お盆に乗せて食卓の四角い机に置いて、私はお母さんに少し怒った。日記帳を目の前で読まれるだけでも恥ずかしいのに、それを声に出して読まれたら、ここから逃げ出したいくらい恥ずかしくて仕方ないからだ。お母さんはいたずらに笑って、ごめんごめん。と言った。
「へぇ。美奈、可愛いカエルのぬいぐるみが欲しかったんだ」
お母さんが言ったそれは。私が去年のクリスマスに、サンタクロースにお願いした物だった。私は、食卓の奥の二つある部屋の内の、北側の小さな私の部屋から、そのクリスマスプレゼントを持って来た。それは大きくて丸く、黄緑色で目が真っ黒の可愛らしいカエルなのだ。何より私が気に入っているのは、このぬいぐるみがふかふかで、何度昼寝の枕代わりにしても、元の丸くてふかふかなそれに戻るところである。お母さんはそれを触ると、笑って言った。
「あら、とってもふかふかね。これでお昼寝したら、夜ごはんの時間まで寝ちゃいそうね」
「うん。私、それで一回、夜寝れなかったの。パパは、早く寝なさい。って言うだけだけど、おかあさ……明子さんは、ホットミルクを作ってくれたよ。それで、明日は学校お休みなんだから、ゆっくりして、眠たくなってから寝ればいいって言って。ゆっくりしてから寝たんだ。時計見たらもうすぐ十二時だったの。お正月以外で、こんな時間まで起きてたのは、初めてだったよ」
私がそう言うと、お母さんは、少し困った様に笑って言った。
「そう、よかったわね。でも、お母さんと居るからって、無理やり明子さんのことを、明子さんなんて呼ばなくていいのよ。お母さんって呼びなさい」
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