なすきゅうり

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明子さんは、去年パパと結婚した、私の新しいお母さんだ。目の前にいるお母さんより五歳くらい若いのに、しっかりしてて、優しすぎるパパなんかより頼りになる。この町の役場で事務員として働いている、すごいお母さんなのだ。 目の前のお母さんは、この辺りの青果店でパートとして働いていたと、前にパパから聞いたことがあった。しっかりしてると思うけど、お節介焼きで、どこか子どもっぽい。そんなだから、自分に病気があった事も分からないまま、家で倒れたのだろう。病院でも、家のこととか、パパのこと。私のことを心配するだけで、自分のことは何とかなる。と笑ってるだけだった。そんな、優しくて強いお母さんが、私は嫌いじゃなかったから、お母さんが死んだ二年後に、パパが紹介した明子さんとの結婚を、私は、三年も先延ばしにさせたのだ。 「……でもそれだったら、どっちもお母さんになっちゃうよ」 「そうねぇ……」 と、お母さんは、食卓の横のテレビの隣の小さな棚の上にある小さな仏壇をしばらく眺めてから言った。 「じゃあ、お母さんのことを、『なすきゅうり』って呼びなさい」 「なすきゅうり?」 私も後ろの仏壇を見た。そこには、割り箸の足がついたなすときゅうりがあった。死んでしまった人が、馬に乗ってこちらに来て、牛に乗って天国に帰る。その馬と牛がそれだ。という話を、学校の先生から聞いた事があった。 「さてと、今日は何を作りましょうかね?」 お母さん、なすきゅうりはいきなりそう言って、立ち上がった。 「いいよ、そんな事しなくて。前の時、大変だったんだからね。お母さ……なすきゅうりと一緒に作った肉じゃがをみんなで食べたら。パパが、なすきゅうりの味だって言ったから、お母さんがその味を研究して、その味の肉じゃがしか作らなくなくなっちゃったんだからね。お母さんも、なすきゅうりの肉じゃがが美味しいと思ったからだって、言ってたけどさ」 「そっか。それは、悪いことしたわね」 と、なすきゅうりは、謝りながら笑っていた。変なの。と思いながら、私は麦茶を飲んだ。 「さてと。じゃあ、そろそろ帰るわね」 「うん」 そう言って、なすきゅうりは食卓の手前の玄関でそう言うと、ドアをそっと閉めた。私はいつものようになすきゅうりを見送った。
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