ふたりのカンバス

2/11
前へ
/11ページ
次へ
「絵が描けなくなった?」  芽衣の突然の相談に思わず裏声が出た。 「うん……何も思い浮かばないの……どうしよう、コンクール前なのに……」  大きめのスケッチブックを抱いて、芽衣は今にも泣き出しそうな顔をした。  世間で言えば、ふわふわ系女子に含まれるであろう。栗色のウェーブがかったセミロングで歯並びが綺麗な家鴨口。ちょっと下がり気味の目がそそるぜ。  ……なんて。思っちゃう私って、つくづくアレなわけだ。それにしても、美術か。  築三十年の古い賃貸マンションの一室でアーティスティックな話。  生まれついての性癖のせいで女ばかりのバイト先に長居するうち頭から爪先まで、どっぷりと下世話に染まった私の部屋で聞くには些か場違いな話題ではあった。でも、こんな相談を受けるのも、たまには良いもんだな。  下世話な私も、案外、高尚な話に飢えていたのかもしれない。まして可愛い女の子が相手なら、話題が石の裏のダンゴ虫と世界経済だって、うっとり聴けるというものだ。  …………芽衣。可愛くなったねえ、あんた。私は思わず見とれていた。  山村芽衣は美大に通ってる私の親戚だ。私の方が三つ上とはいえ、フリーターでその日暮らしが何を言う資格があるだろう。私は美術のことが何もわからないのだから。  私は何かのアニメに出てくるイケメン風に短く切った髪をかき上げながら、とくに解っている訳ではなかったが、物分かり良さげな姉さんを気取り、静かに頷いてみせた。 「……ふーん。それは、こまったねえ」  それにしても、今、目の前で悩んでいる女性が『泣き虫芽衣』とは。いやはや時間の流れというものを考えてしまう。  実を言えば子どもの頃から、芽衣は将来美人になるんじゃないかなー? と予知していたのだが、これは予想を超えて、上玉、いや、特玉になっていたのだ。予言的中。 「それでね『キョーちゃん』に会えば、描けるようになるかと思って……」  キョーちゃんとは私のことだが、本名は竹内清子といって、親が私を呼ぶときに『キヨー』と呼んでいて、子どもだった芽衣が上手く言えず『キョー』とまるで怪鳥の嘶きのように呼んでいたせいで定着してしまった愛称だ。  まさか、今でも、その愛称で呼んでくれているとは思ってもいなかった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加