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「…私が殺ったんだ」
「知ってる」
娘がやり返した。
少女は自分よりずっと背の高い女に体を寄せて、しっかりとした腰にしがみついた。
あったかい。
寒いと感じている訳ではないけれど、なぜだか女のあったかさにふれていたかった。
女は笑って少女を抱き寄せてくれた。
思えば女は出会ったときから大人だった。一緒にいてくれるだけですごく安心する。
「大丈夫?」
少女はこっくり頷いた。
いやなことはたくさんあるし、やりたくないことだっていっぱいある。だけど、決めたんだ。
自分の気持ちにだけは嘘を吐かない。
世界中のすべてを敵に回したって、少女は自分のためだけに生きていくと、決めたのだ。
きっと、女も娘も同じことを考えている。
ごうごうと音を経てて、炎が大きくなる。
女の子の頭は、オレンジ色の炎にすっかり呑み込まれてしまった。金色の髪がちりちりと焦げている。女の撒いた油のおかげで火のまわりが早い。
少女の鼻はすっかり利かなくなっている筈なのに、どうしてだろう。
人の焼ける臭いだけは嫌になるほどよくわかる。
黒い煙が目に染みる。
涙目で炎を見詰める少女とよく似た女の子の頭が、炎のなかでごろりと転がった。
こっちを向いた。
鼻の先が焼け落ちている。
へんな顔。
少女はちょっとだけ笑った。
ぱちり。
胡乱な様子で閉じかけていた女の子の瞼が、突然音を経てそうな程勢いよく開いた。
少女はびっくりして女の子の目を見詰めた。女の子も、少女を見詰めている。
炎の中で瞼を開くから、夜色の瞳が焼けて今にも溶け出してしまいそうだ。
女の子は瞳が焼けるのもかまわず、小さくて薄い唇をわななかせた。
「裏切り者」
女の子は炎の中でそう呻いた。
口から小さな炎の塊がぽとりと落ちた。
地獄のそこから響くような声じゃないか。
なんて似合わない声だろう。
少女はちらりと女と娘を見上げた。
ふたりには、聞こえなかったのだろうか。
どうでもよさそうな顔をして炎が吹き出す黒い煙を見上げているから、きっと聞こえなかったのだろう。
少女はおかしくなって笑いだした。
へんな声。
少女にしか聞こえなかった。
少女は女の胸に顔を押し付けて、炎の中の女の子に云った。
「許さなくていいよ」
謡うように囁いた声は、少女が思っていたよりもずっと甘く夜の中に響いた。頬が熱い。
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