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少女はこれから覚えていられる限り、今日の夜を夢に見ようと思った。きっとすぐに忘れてしまうけれど、そう思いたい気がした。
許さなくていいよ。
なにひとつ許さなくていい。
裏切り者と少女を罵って、少女を恨みながら死ねばいい。
そうやって誰かの憎しみに殺される日が来ても、少女はそれを受け入れるだろう。苦しんで惨めで辛くたって
「胸張って死ぬからさ」
炎の中に女の子の目がどろりと溶け出した。ばちばちと一際大きな炎が上がって女の子の頭をすっかり呑み込んだ。
もうこの子が誰かなんて、誰にもわからない。
「なにか云った?」
「なんにも」
少女は女の胸にぐいと顔を押し付けた。
もうすぐ新月の夜が明ける。
少女は未来の自分の姿を炎の中に見たような気になって、瞼を閉じた。
人の焼ける臭いはキライだ。
すべてを奪われた夜を思い出してしまう。
そういえば、あの夜も新月だった。
炎が弾ぜる音の中に、大好きだった人の最期の声を聴いたような気がした。
女が優しく頭を撫でてくれた。
温かい、優しい手だ。大好きな手だ。
娘が呆れたような顔をして
「甘ったれ」
と呟いた。
ちゃんと聞こえているよと心の中で返事をした。気にしないけれど。
だって、こうしているのが好きなのだ。とても安心するんだ。
炎が小さくなっていく。
煙の向こうに、誰かいる。
シルエットになっていて、顔はわからない。
けれど、くしゃみが出そうな匂いがここまで漂ってくる。
身に着けている衣装が、なんだか重そうだ。
その人は、少女たちに向かって、もうすぐ夜が明けると云った。
女の人の声だ。
なぜたかわからないけれど、その声を聞いた途端にとても嫌な気持ちになって、少女は大好きな女にしがみついたまま、その背に隠れた。
それを見たその女の人は、人見知りだと笑った。いやらしい声だった。
「準備はできたのね」
肌のうえを這う地虫のように、その人の声は少女の肌を這い上がった。
女がええ、と応える。
どうして女と娘は平気そうな顔をしていられるのだろう。
そう思ったけれど、口に出すのがなんとなくいやで、少女は女の服をぎゅっと握りしめた。
「ああ、勝利の狼煙ね」
地虫のこえをした女は笑っている。
おかしいの。さっきまでは少女も笑っていたのに、今はちっとも笑いたくない。
「もうすぐ夜が明けるわ」
地虫の声は繰り返した。
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