第1話 残党狩りの朝

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 身軽になった僕たちは、のったのったと正門へ歩き出した。  騎士団の詰め所は門から一番近くにあるから歩いていけるけど、王城に用向きがあるときはとても徒歩ではいられない。なにしろ王城の内だけでひとつの町程広いのだ。徒歩で登城する者なんて平民にだっていやしない。  それなのに騎士のなりをした男が二人も歩いて王城を守る壮麗な門をくぐったものだから、見張りに立っていた兵士が驚いて二度見した。  「お疲れさま」  「おう、お疲れさん」  「あ、エーメ公爵御子息でしたか。お疲れさまでございます」  でも兵士は僕らがエーメ公爵家の人間だと気づくと、すぐに笑って挨拶を返してくれた。  彼の役目は、馬車や馬に騎乗して入退城する人間の身元を確認することだ。  え?徒歩?  と云う戸惑いがとてもよく伝わってきたけど、あ、エーメの人じゃしょうがないや。とすぐに納得したこともよくわかった。  これが日頃の行いというものか。  うちの人たちは普段王城でなにをしているんだろうね。  城門を出ると、ギーは行き交う馬車や人々の間を「ごめんよ」とか云いながらすり抜けて、広場から放射線状に真っ直ぐ伸びている六本の通りの中で、一番大きな通りにさっさと入っていった。目抜き通りだ。  僕はギーの後をびっくりしながらついていく。 実は徒歩で王都を歩くのは初めてなんだ。ちょっとドキドキしている。内緒だけど。   「はぐれるなよ」  ギーは僕に向かって掌をひらひらさせた。  なにこれ?  まさか手を繋げと?  「子供じゃないよ」  ギーの手をぺちんと叩いてやると、  「迷子になるだろ」  なんて真面目な顔で云う。  「子供扱い!」  「子供だろ」  「みっつしか違わないじゃないかぁ!」  「馬鹿野郎、みっつ違えば十分だ」  なにが?  と思ったけどギーは至って真面目だ。  あ、本当に迷子になると思われてるんだってわかっちゃった。  「僕そんなに危なかっしい?」  がらがらと大きな音をたてながら制服を着た御者が手綱を握る、家紋入りの馬車が何台も傍らを通り過ぎていく。  「おう」  「即答だね」  目抜き通りは王都の顔だ。六頭立ての幅の広い馬車が四台並んでも余裕のある広い通りは、ここ数年で随分整備が進んだ。  「領地にいる時みたいにふらふらさせてやれないだろ」  「だからって捕まえておかなくてもいいじゃない」  僕とギーは馬車が通る石畳よりちょっと高く石を敷いた歩道を歩いている。人と馬車の通る道をわけたんだ。おかげで馬車と人がぶつかる事故はぐんと減ったらしい。  暗がりの事故も大分減った。背の高い誘蛾灯を道の両端に設置したんだ。日が落ちる少し前になると、王宮の制服を着た係が誘蛾灯のランプに火をいれる様子を見ることができる。夜も随分歩きやすくなった。  「あー、帰りたいよう。エーメの森と山が恋しいよう。ギーが領地なんていうから思い出しちゃったぁ」  「俺のせいか?」  ギーのせいならいいのに。  僕はつい、と目を反らした。  目抜き通りは国王陛下のお膝元だ。貴族はもちろん、国政に携わる要人の使い勝手がいいように、警備だって厳重だし、時間も融通の利くところが多い。けれど利用者は壮年の男性ばかりだった。  最近は若い男女が気軽に利用できる雰囲気の店が増えてきた。歩道を整備した、ひとつの成果なのだろうな。  現にカフェテリアでは先をくるんと巻き上げた羽や、鮮やかな宝石を飾り付けたご婦人が、ウエストをキュッと締め上げた最新流行のドレスを纏って、立派な紳士にエスコートされながら午後のひとときを愉しんでいる。買い物を兼ねて散策でもしているのだろうか。身なりの良いご令嬢が後ろから乳母に白いレースの日傘を差し向けられて、若い侍女と護衛に囲まれるようにして歩いている。密やかなささめきが、こちらにも伝わって来るようだ。そんな姿があちこちに見受けられる。  「賑やかだねぇ」  「そうかぁ?ここいらは貴族向けの高級メゾンばっかりだから、静かな方だぞ」  「そうなの?」  確かに、店の造りは貴族の邸のようにしっかりしたところが多い。貴族向けだから当たり前か。品良く掲げだ店の名前も、知っているものがちらほら見受けられる。我が家では、買い物をするために出かけるという習慣がないからよくわからないけど。  「あ、あのお店、うちに来るところだ」  「ああ、高級な仕立て屋だ」  「国王陛下もお気に召して、よく王宮に召し出されてるんだよ」  「どんだけ高級な服着てるんだよ」  「兄上と父上の服は全部あそこで仕立ててるんだ」  「ああ、クソ、格差社会め」  ギーの云っていることはよくわからなかったけれど、あの店はデザイナーが客を選ぶと云われるくらい人気のある店なのだ。父も兄も見目がよいからデザイナーが喜んで飛んでくる。そう教えてあげると  「顔面格差まであるのか」 と、ギーは呻いた。変な顔をしているなあ、と思っていたら、心の外には出していないはずなのに何故か頭をこづかれた。  「顔に出てる」  「そんな馬鹿な」  ポーカーフェイスは貴族の嗜みなのに。  「ガキがそんなこと覚えるな」  「嗜み!」  「俺は知らない」  「うち公爵家だから!」   覚えておかないとたぬきとキツネばっかりの社交界は乗り越えられないんだぞ!受け売りだけど!  「ギーは普段どんなお店に行くの?」  「俺はね、こっち」  そう云うと、ギーは路地をひょいひょいと何度も曲がり、目抜き通りから逸れていった。初めて足を踏み入れる場所だ。道を曲がる度に道幅が狭くなっていく。建物もだんだん小さくなっていく。人も増えていく。  「こっちが、民衆の目抜き通り」       
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