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「どうしんたんですか! 答えてください!」
返答はない。代わりに鈍い足音、激しく叩く音、引き裂かれる音、折れる音。彼が暴れまわってるのがわかる。わたしはまた違和感を覚える。三分足らずで彼が死ぬとは思えないのだ。それはわたしの死のイメージが、もっと静かなものだからかもしれない。安らかに、お布団に入って、家族に看取られる。外では雪がしんしんと降っている。
サリー先輩は騒音だらけの受話器を動かさなかった。耳から離しても、音は小さくならないのだろう。わたしの耳にも黒電話の魔法で、ずっと騒音が響いている。頭がガンガンするが、耳をふさいでも聞こえて、じっと耐えるしかなかった。
サリー先輩が言う。
「練炭自殺ってどんな感じなのか知ってる?」
「……知りません」
わたしは正直に答えた。彼にはもう言葉は届かないのだろうか。
サリー先輩は受話器を意識せず、わたしにだけ語りだした。じっと目が合う。
「……練炭を燃やすと、一酸化炭素が出る。それを吸い続けると、中毒で人は死ぬ。一酸化炭素が外に逃げ出さないように、戸締まりをして、厳重に目張りをする。風呂場でやるのがいい。密封しやすいし、火事になりにくい。大抵は睡眠薬も飲む。上手くいけば寝たまま逝ける。死神の黒電話には、電話の相手を強制的に覚醒させる力がある」
「残酷ですね」
発狂した男の声も壊れる音も、ずっと聞こえたままだ。背筋が冷たくなる。死ぬのがどれだけ恐ろしいか、なぜかよくわかる。
「しかし今回は違う。彼には睡眠薬の効果が出ていなかった」
「えっと、じゃあ……」
金属の衝突音を最後に、頭を揺らしていた音が止む。
キーンという静寂があって、
「窓を開けた!」
男は言った。
「電話はどこだ?」
サリー先輩が答える。
「こっち、こっち」
「どこだ」
「こっちだって」
「あった!」
電話が拾い上げられる音。
男の声は陽気だった。
「窓を開けてやったぞ、ばかども。おい! 聞いてんのか!」
「もちろん、聞いてるよ。うるさいんだよ」
「それは悪かったな」
男は口先だけで、悪びれる様子もない。
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