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「物事の精密さは美しさを証明するものじゃないんだ」と父は言った。
夕暮れどき、三月の病室で、父は細くなった腕を辛そうに上げ、私の頭を撫でながら言葉を続けた。
「写真は被写体を切り取ったとき、それが持つ意味を奪ってしまうんだ」
けれど、と父は言った。
「けれど、写真の本質は、他の違う誰かがそれを見たとき、自分の中に持つ“意味”を補完することにあるんだよ。
「僕らはそれに手を貸している。人は、あまりにも多くのことを忘れてしまうからね」
まるで羽根のように自由で、捕まえようとすると何処か遠くへと去って行ってしまう父が、唯一私に教えてくれたことだった。それから父は口を閉ざし、沈黙を恐れる人のように、また口を開いた。
「また、春が来るね」
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