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並木道の夢
今年初めての蝉の声。
それを聞く時期になると必ず俺はある夢を見る。
現実では行ったことのない、長い長い並木道。それが始まる地点に俺は立ち、等間隔に植えられた並木を眺めているのだ。
強い日差しが石畳を炙り、夢の中だというのに、ねっとりとした熱い空気が身を包むのを感じる。
その、揺らぐのが目に見えそうな熱気の中、並木の陰にちらと見える何か。
遠すぎて最初は判らなかった。でも、同じ夢を見るたびにそれは一つ手前の木の陰に移り、何度目かで人の姿をしていることが見て取れるようになった。
遠目だからよく判らないけれど、多分知らない人だ。なのにその人物から俺はどうしても目を離せない。
ただじっとその相手を見つめるだけの夢。それを夏の間だけ何回か見る。
そんなことが数年続いて、去年、かなり近くなったその人物が、俺に何か話しかけるように口を動かしていることに気づいた。
モウジキ ソコニ タドリツク
声は聞こえないけれど、そう言っていることがはっきりと判ったあの瞬間、俺は初めてこの夢に恐怖を覚えたんだ。
あいつを接近させちゃいけない。あれと関わっちゃいけない。
どんなにそう思っても、俺の意思で夢を見ずにいられるという選択肢はない。
昨夜も見てしまった夢の中、口元の動きだけが見える人型の影が、僅かな距離の向こうで俺の傍らに辿り着く瞬間を待ち侘びている。
その恐怖の中で数えた並木は後数本。
毎日ではないとはいえ、夏の間に何度かは確実に見る夢。
俺は、生きて今年の夏の終わりを迎えることができるだろうか。
並木道の夢…完
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