第10話 境界線。

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第10話 境界線。

程なくして、臨床心理士が朱里の手を引きながら部屋に戻ってきた。検査結果の報告と保護者面談を行うためだ。 臨床心理士による、朱里の日常に関する行動・言動などの質疑応答が行われたあと、検査の結果を伝えられる。 「本庄朱里ちゃんの知能検査の結果ですが、グレーゾーンでした」 「グレーゾーンとは?」 二人の前に知能検査について書かれている紙をおき、臨床心理士が説明を始める。 「分かりやすくご説明すると、知能検査の結果には階級があり、普通級・境界線級・知的障害級の三段階に分かれています」 「……」 「朱里ちゃんの知能はグレーゾーン。つまり、普通級と知的障害級の間にある境界線級にあたります。通常ですと療育手帳は知的障害級にあたるお子様が申請するものですが、朱里ちゃんは境界線なので申請を認められる場合もあります」 「境界線……。では、娘は知的障害にはあたらないと言うことですか?」 不安で一杯だった匠の心に希望の光が差し込む。しかし、臨床心理士の次の言葉で楽観はできないと悟る。 「はい。ただし、これから先、普通級に近づいていくのか、逆に知的障害級に近づいていくのか、もしくは境界線級のままなのか、現時点では何とも申し上げることができません」 「私たちにできることは、あるんでしょうか?」 「朱里ちゃんはまだ三歳なので、早い段階でケアをしていけば良い方向に向かう可能性が高いと思います。言語発達に障害……、遅れがみられていることも考慮して、児童発達支援センターを兼ねた幼稚園に入園、もしくはデイサービスを利用されたほうが良いかと。専門知識がある心理士や先生がおりますので、彼女に合ったペースで成長の手助けをしてくれるはずです。近いうちに、一度見学に行かれてみてください」 「はい。ありがとうございます」 言語発達障害に加えて知能検査も境界線という複雑な結果ではあったが、朱里の状態を確認することができたと同時に、進むべき方向性も見えてきた。 帰りの車内では穏やかな空気が流れていた。信号機が赤に変わり、匠は後部座席に顔を向ける。 「千景君、ありがとう。君がいてくれて本当に良かった。これからもよろしくお願いします」 感謝の意を述べ穏やかな笑顔を浮かべる匠に、笑顔を返す千景だったが、心中は複雑だった。
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