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第2話 千載一遇のチャンス。
(姉が家を出る数時間前)
朝、布団の中に居た俺は携帯の着信音で目が覚めた。携帯の時計を見ると5時。
チッ、誰だよこんな朝早くから掛けてくる奴は。
携帯画面に目を落とすと[姉ちゃん]と表示されている。
「……もしもし、姉ちゃん?今」
何時だと思ってんの?言葉を続けようとしたら姉の声で遮られてしまった。
「悪いんだけど、今日からここに住んで頂戴」
ん?この人、今何て言った?
「ここって、……あの人の家?」
つい、あの人の家と言ってしまった。姉の旦那さんなんだからお義兄さんと言うべきなのに、彼を呼ぶ時も匠さんと言ってしまう。姉は俺の微妙な言葉のチョイスを気にも留めず、話を続ける。
「私、家を出るから、彼と朱里の事頼むわね」
へっ?この人、先ほどから何を仰っているの?
「何で家を出るの?」
状況が掴めないまま、俺は無意識に尋ねた。
「分からない?アンタ意外と鈍いわね」
いやいやいや。姉ちゃんの脈略のない話で全てを理解できる人がいたら、お目にかかりたいよ。
「私、好きな人がいるの。今日からその人と暮らすことにしたから、あとはよろしくね」
それだけ言うと通話が切れた。しばらくの間、携帯の画面を見つめていたが、姉に電話をかけ直すことはせず、自分の荷物をまとめ始めた。姉に出て行かれ、残されたニ人の気持ちを想うと胸にチクリと痛みが走る。それでも、自分に訪れた千載一遇のチャンスを逃す気はさらさらない。
千景は支度を終えると、新たな扉を開くべく、嬉々として自宅を後にした。
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