第4話 違和感。

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第4話 違和感。

匠さんと朱里と暮らし始めて6日が経つ。あれから匠さんの態度に変化は見られない。あの甘いキスは俺の妄想だったのでは、なんて思ってしまう。まぁ、時間はたっぷりあるんだし、これから徐々に距離を縮めてければいいか。 それよりも優先すべきは朱里のことだ。姉が出て行った翌日、匠さんの元に郵便物が届いた。中には、姉の署名・捺印済みの離婚届け一通と、[朱里をお願いします]とだけ書かれた手紙。 匠さんは署名捺印を済ませると、役所に行き離婚手続きを済ませた。2人の5年に渡る結婚生活は、こうして呆気なく幕を閉じた。 俺たちは母親が出て行ったことを朱里に告げられていない。誤魔化し切れる問題ではないし、彼女に対して嘘をつきたくない。二人で話し合った末、恋人の存在は明かさず、母親が戻ってこたいことだけを話すという結論に達した。 三人で朝食を取りながら、まずは他愛ない会話をし、そこから自然に話をする予定だったのに、匠さんの様子ときたら……。緊張のあまり、声は上ずるし、目を泳がせながら手を何度も組み替えている。 「俺が上手く話すから、千景君は傍で聞いててくれればいいよ」 なーーんて、自信満々に言ってたくせに。貴方、今、どうひいき目に見ても明らかに挙動不審者ですよ。俺の好きな人は、もしかしてヘタレ?チキンですか?そんなヘタレな匠さんを見て可愛いと思ってしまう俺もどうかと想うが、あばたも笑くぼだ。仕方がない。俺から話すか。 口を開こうした矢先、匠が決意した表情を浮かべているのに気が付き、慌てて口を噤んだ。 「朱里、あの、さ、ママのことなんだけど……」 おぉっ、遂に言うのか。頑張れ匠さん! 「あの、ママはさ……この家を」 次の言葉が中々出てこない。 「ママ、ないないだって」 匠と千景は顔を見合わせ、同時に同じ言葉を口にした。 「「えっ?何で知ってるの?」」 「んーー。ちぃちゃんがママだって。パパァ こぇぇ(これ)食べて良い?」 「ああ、うん。ちゃんと頂きますしてね」 「はーーい。うなうなう!(頂きます)」 既に知っていたことに驚いたが、それよりも、ママが居なくなっても寂しそうな素振りすら見せない朱里に俺たちは違和感を覚えた。
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