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72c381f6-4e77-43a7-bdba-5ca240551231 山岸には、付き合っている人がいるから二人で食事にはいけない、とはっきり伝えて、頭を下げてきた。 自分が変にあいまいにしたことで、結果的に彼も振り回してしまったことになる。 こういうところがよくない。と反省しかない。 手首がじんじんする。 見ると、うっすらと青く(あざ)になっていた。 柴田の手の痕だ。 『怒りって二次感情なんだって』 友人の千枝の言葉が耳によみがえる。 先日二人で会った時に彼女がしていた、連絡なく夜遅く帰ったら同棲している彼がすごく怒っていた、という話から。 『本当の感情は心配とか不安とか悲しいとかなんだけど、それが怒りに変わっちゃうんだって。そのこと聞いたら、なんかすごく心配させちゃって悪いことしたな、って反省した』 PCのモニターを前に座っていながら、まったく画面の内容が頭に入ってこない。 美和は右手でマウスを動かしながら、左手で顔を覆った。 ぐちゃぐちゃの感情がそのまま顔に出てしまっていそうだから。 すごく傷ついた目をしてた。 あんな顔をさせたのは、私だ。 「すごい雨だよ」 外回りから帰ってきた営業部員が濡れた傘を傘立てに突っ込みながらぼやいた。 「お疲れ様。随分濡れましたね。タオル使ってください」 大野依子が机にしまっていたタオルを取り出して急いで駆け寄っていく。 美和は営業部員のスケジュールが記されたホワイトボードに目を向けた。 柴田は、あの後外出したまま、今日は戻らない予定になっていた。 窓に激しく雨が打ち付けて音を立てている。 雨と風が強くなっている。 あんな状態で送り出してしまった。最悪だ。 美和はぎゅっと唇をかんだ。 彼も今頃雨に濡れているかもしれない。 まったく仕事が進んでいない。 気持ちを切り替えて、せめて今日の分の作業を少しでも終わらせなくては。 美和は立ち上がり、休憩室の自販機に向かった。 「お疲れ様です」 取り出し口から炭酸水のボトルを拾い上げる時、背中から声をかけられて、振り返る。 総務部の伊東里紗だった。 彼女は柴田の1年後の入社で、以前から柴田に好意を寄せている。 美和と社内で顔を合わせると、柴田の情報を聞き出そうとしたり、さりげなく牽制の言葉を口にする。 外見はおとなしく見えるのに、美和には結構したたかな女の一面を見せてくる。 「雨すごいですね」 「うん、そうだね」 こんな時に一番顔を合わせたくない相手だ。 言葉少なく返して、場所を譲る。 「営業部の皆さんは、今外出されてますよね。こんな日は大変ですね」 「うん」 ありがとうございます、と軽く頭を下げて、里紗もドリンクを選んでボタンを押す。 その場から早く離れようとする美和に、再び里紗が声をかけた。 「北島さん」 美和が振り返ると、里紗はまっすぐに美和の目を見て言った。 「私、あきらめてませんから」 「……何を?」 問い返す美和に答えず、里紗はただにっこり笑って、失礼します、と先に立ち去った。 「何、あれ」 思わずつぶやいた。 里紗の言葉にいらつく。 直感で感じる。 今のは美和に対しての宣戦布告だと。 柴田を見続けている彼女は、柴田と美和の関係に気付いているのだ。 気を取り直して仕事に戻ろうとした時だった。 「あ、いたいた。美和ちゃん」 あわてた様子で依子が走ってきた。 「どうかしましたか?」 「大変なの。柴田くんが車の事故に巻き込まれたみたいで……」 「え?」 どくん。 自分の心臓が飛び跳ねる音が耳元で聞こえた気がした。
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