選ばれざる人

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 とことんやりきったと笑えるやつはおめでたい。  まだまだ、まだまだといつまでも首を縦に振らず、やることなすことに納得せず、達成感に酔うこともさておいて、ひたすら飢餓にあえぐ心意気でなければ、娑婆を満喫していることにはとうていならない。  やってみるといい。  いざ追い込んでみたら、まずそう簡単に滅入ることなんてないから。  借金なんかも、オレにとっちゃ安らぎだ。よそサマにその額を言うと仰天されるが、この程度の負債、快活にこの世を生きるための歯車でしかない。  悪い遊びでかさんだわけじゃない。  結局のところ、この借金というやつは、チャレンジという名の迂回路を果敢に邁進した挙げ句に積もった、掘削土砂のようなものなのだ。  いつかはきっと、この掘削作業も終わりを迎えることだろう。最後の岩盤をぶち破り、成功という名の光が射し込んでくるにちがいない。  少なくともそこまでは想定できているのだから、文句はあるまい。  見込みのある投資を散財とは言わないだろう。  もくろみに確固たるヴィジョンがあれば、どんな莫大な出資も浪費にあたるはずがない。  というわけで、今日もオレはオーディションに繰り出す。  これまでおとぼけ不思議少女として売り出されてきたタレントさんが、歳も歳なのでそろそろイメージチェンジをはかろうということで、まずはそのとっかかりに彼女を主役にすえた舞台劇を作ることになったらしい。そのキャストを選ぶ審査に参加するため、オーディション料5000円を握りしめ、歩きなれない中目黒の界隈をのらりくらりとさ迷っている。 「今度こそ僕の顔を立ててくださいよ」  チョコレート色の肌から真っ白な歯をむき出しにして、清瀬さんは笑顔で送り出してくれた。  清瀬さんはオレをこの世界に導いてくれた恩人だ。  上京したばかりのさえないオレに、やさしく声をかけてくれたのを忘れはしない。 「磨けば光るなにかがある」  その一言に足をとめられた。  まさに今そこんとこの特設会場で来春公開予定の大作映画のオーディションをやっているのだが参加してみないか、いや、キミのような目をした若者にはぜひとも参加していただきたい、ということで、なんとオレに限っては特例で書類審査ぬきの面接を受けさせてもらえることになった。  結果は良好だった。
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