Ⅲ. 志田村 咲希

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「もう少し左。」 「はい。」 「あとちょっとだけ上。」 「はい、上ですね。」 「あ、右側が下がってる。」 「右側・・・これでいいですか?」 「うん、OK。」 風見さんの満足げな声を合図に、僕は展示用のパーテーションにA3サイズのボードを軽く押しつけた。 裏に強粘着の両面テープをつけてあるのでボードはパーテーションにピタリと貼りつく。 ボードの表面は恒星の一生を図にしたものや散光星雲、散開星団、惑星状星雲、球状星団、矮小銀河などの写真だ。 エントランスを入ってすぐの展示ホールに1メートル幅のパーテーションを5台横に繋げて3列に並べ、各面の低めの位置にそれらを貼りつける作業を風見さんと2人でしている。 なぜなら今日は7月25日、小中学校の終業式だから。 展示ホールでは太陽や太陽系について、銀河系について、低緯度オーロラについてなどの常設展示の他、年に何度か特別展示をする場合がある。 夏休みと冬休みには子ども向けの展示をするのが恒例となっており、僕も入社した3年前から担当の風見さんのアシスタントとして共に企画・製作に関わっている。 この夏のテーマは恒星で、少しでも子ども達に興味を持ってもらう為に不思議な形の星雲や色がきれいな星団の写真を集めて展示することにした。 パーテーションは昨夜の閉館後に結城さんや藤代さんの手を借りて展示ホールへ運び、風見さんと僕は今朝10時から最後の仕上げをしていると言うわけだ。 「これで写真は終わりね。あとは説明のボードを付けて・・・あれ?。」 風見さんはしばし考えてから「あ、そうか・・・。」と呟いた。 「どうしました?」 僕が尋ねると風見さんはトホホ・・・と言いたげに答えた。 「説明のボードの枚数が足りないと思ったら、手直しするのにスタッフルームに持っていったまま忘れてたわ。取ってくるから先に上の方の飾りつけをやっててもらえる?」 「わかりました。」と僕が言ったのとほぼ同時に、背後からいつものあの声が聞こえた。 「理世ちゃーん♪俺も一緒に取りに行こうか??」 僕達が振り返るとそこにいたのはもちろん耕作さんで、鼻の下を伸ばして風見さんにニッコリと笑いかけている。 が、一方の風見さんは途端に目が座り、全身から不穏な空気を放ち出した。
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