はじまり

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はじまり

 ある田舎の資産家が死んだ。夜も蒸し暑い七月の後半だった。  場所は北関東。その大富豪は大きな家に住み、何不自由なく暮らし、体は肥えていた八十代の男だ。仕事は表立っては主に不動産関係としていたが、薬物・臓器売買・人身売買などを行っているという噂もあった。  心臓発作が死因だとニュースで流れていた。    森岡大地はテレビを消し、長い溜息を吐いた。彼の祖母もまた、同日に亡くなっていた。資産家の男とは比べ物にならない程、静かに。  祖母には大地の他に血縁者として娘がいるが、二十年近く前から音信不通だった。そのため大地は二十九歳の若さで喪主を務めた。  少人数ではあるが、葬儀を終えて疲れた大地は黒いネクタイを緩め、祖母のいなくなった部屋に寝転がった。照明へ向かって手を伸ばすと祖父の形見の質素な時計と寄り添うように巻かれた白っぽいブレスレットを眺めた。  大地は他人に気持ち悪がられるかもしれないので誰にも言ってないが、それは祖母の髪で編まれた紐状のものに祖母の奥の歯をとんぼ玉のようにした物で作られていた。訳あって祖父から譲られた。  祖父が亡くなって半年後に追いかけるように祖母が亡くなった為、両親がどこかで生きているだけで心の支えになると初めて思った。大地は少し苦い顔をし、地下室に降りた。  大地は県内の大学で郷土民俗学の研究員をしていた。大学の有志の協力を得て、小さな飛行装置を製作していた。これはある計画に必要な物だった。大きな複数のドローンを改造して、彼一人を乗せて飛ぶことが可能だった。しかし、彼の求める飛距離と高度を出すことが厳しかった。そのために渋っていた飛行があったが、祖母が亡くなった為、実行に移すことにした。
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