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派手な足音をたてながら、ギムリは船倉の小部屋へ。
ハンモックの中で寝ているラルクの面前に、ランプの明かりを掲げる。
紺色の髪から覗く、小麦色に焼けた額。丸い顔は、母親のエフローラにそっくりだ。
九歳になったばかりの息子の気持ちよさそうな寝顔を見て、伸ばしかけた手が止まる。
本当に、これでいいのか?
……いや、もう何度もその問いに答えを出した。
迷いを振り払うように眉間に力を入れ、太い指で頬を軽くはたいた。
「起きろ、仕事だ」
「ううん……もうなの?」
「ああ、上がれ。急ぐぞ」
寝ぼけまなこのラルクを連れて、甲板に上がる。
舳先に置いてある空の樽の前まで来て、足を止めた。手足を曲げた大人が入れるかどうか、の大きさの樽を眺めて言う。
「お前はこの樽に入って、ここから一番近いロートランドへ行け。港町にいる、ベルハじいさんを頼れ。いいな、ギムリの最後の頼みだって、そう伝えろよ」
「えっ? 何? 樽に入って行くの?」
そこでようやく、ラルクは目が覚めた。
「そうか、追手が来たんだね。オレだって、インバースの一員だよ、一緒に戦わせて」
意気込むラルクの両肩を握り、ギムリは顔を寄せた。
「お前だけ逃げるんだと、勘違いしているだろ? 違うぞ。ベルハの所へ行けば分かる。さあ、早く入れ」
「でも、何でオレだけ?」
「ここから陸は遠すぎる。海の恵みを持つ、お前にしか出来ない事だ。頼んだぞ」
ラルクが生まれてから、海難に遭遇しなくなった。泳ぎも魚の生まれ変わりかと思うほど、得意だ。ギムリはそれを「海の恵み」と呼んでいた。
「分かったけど、親父、捕まるなよ。バルモアの奴らなんか、蹴散らしちゃいなよ」
「ふん、インバースのギムリ様をナメるな」
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