プロローグ

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 樽の中に納まったラルクを見てにやりと笑み、ふくよかな両頬を片手で掴んだ。いつもそうしているように、ラルクはわざと顔を歪めて可笑しい顔を返す。  差し迫った状況でなければ、このままこうしていたかった。 ギムリの笑顔は、ぎこちないものになった。  樽は狩猟網に入れ、静かに海面へと下ろされた。網だけを引き上げると、もう樽の輪郭さえ分からない。 それでも、まだ近くにいる。 目を潤ませながら無理やり作った笑顔を、波間に向けた。 「お前との日々は、楽しかったぜ」  ふう、と大きく息をつくと、ギムリは大股でメインマストの下へ移動した。そこにはインバースの船乗り全員が、木箱の前に並んで待っていた。  ランプの明かりを掲げ、一人一人の顔を見回して言う。 「無理することないぞ、お前ら」 「無理なんかしてませんて。いつまでも、どこまでも、頭と一緒にいさせて下さいよ」 「そうか。それなら、オレたちの意地を見せてやるとするか」  誰からも反論がないことを確かめると、ギムリは木箱の脇に立ち、右舷から大きな影が近づいてくるのを黙然と待った。  工業王国バルモアが誇る、巨大戦艦、 ――通称ブラックオルカ。船全体を覆う黒い装甲は他に破れるものはなく、強力な主砲を持つ。過去には、この艦の集中砲火を浴び、一つの国が滅ぼされているほどだ。  インバース号の横に並ぶと、ブラックオルカの側面から二本の鉄のアームが伸び、船床に突き刺さった。渡し板が掛けられると、バルモアの制服を着た兵たちが銃剣を手にして並んだ。その中央から、制服がきつそうな小太りのビンス軍曹が一歩進み出て言った。 「降参するなら、命だけは助けてやるぞ」 ギムリは小さく舌打ちし、より大きな声で答えた。 「お前じゃ話しにならねえな。アウレスはどうした?」 「提督はお忙しい。お前らごときは、このビンス様で十分だ」 ギムリの近くにいた船乗りが、耳打ちしてくる。 「こんな雑魚じゃ、やりがいないっすね。どうします?」  
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